日立「本業回帰」の成算、トップに異例のベテラン復帰だが…

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日立「本業回帰」の成算、トップに異例のベテラン復帰だが…

まさに“異例ずくめ”の交代劇となった。

日立製作所は3月16日、トップ交代人事を発表した。2月3日に2009年度の続投を公表していた古川一夫社長(62、写真右)が一転して副会長へ退き、会長兼社長には川村隆・元副社長(写真左)が就任する。同氏は69歳と現社長より7歳も年長。1999年に日立の副社長に就任した後、日立ソフトウェアエンジニアリングをはじめ複数の上場子会社の会長を務めた。07年には日立本体の取締役を退任しており、異例のベテラン復帰だ。

経営陣交代の背景事情

「この時代にはベテランでいこうと考えた」(庄山悦彦会長)というとおり、川村氏起用には、かつて副社長時代に構造改革を進めた経験に期待する声もある。労務人事や調達なども経験し「オールラウンドプレーヤー」(日立幹部)とも評される。だがむしろ川村氏登板からうかがえるのは「本業回帰」だ。

発電プラント分野が中核事業だった日立では、東大工学部卒で日立工場長、電力事業本部長という要職を歴任するのが社長就任への「本流」だった。だが、庄山会長は家電事業本部長、古川社長は情報・通信グループ長という、本流と異なる経路から社長へ就任した。そして両社長が推進したハードディスク駆動装置、液晶パネルや薄型テレビ、自動車機器などが近年の3期連続最終赤字の一因となっている。

1月30日には09年3月期の最終損益見通しを7000億円の赤字へ下方修正し、緊急業績改善施策も発表。「だがそれ以後の1カ月で業況はさらに悪化しつつある。10年3月期も厳しさが予想される。そこで3月上旬、人心を一新して強力な経営体制とし、安定収益を上げられる体質にすべきと感じた」。古川社長は交代理由をそう語る。

かつて庄山会長が「日立では、社長は10年やることになっていた」と語ったとおり、80年代までは社長在任10年が慣習だった。だが事業環境の激変で収益力が低下するとともに、社長在任期間も短期化。91年就任の金井務氏が8年弱、99年就任の庄山氏が7年、そして06年就任の古川氏は結局、3年という最短の在任期間で社長の座を退くことになる。

その日立が昔日の強さを取り戻すために目指すのが、電力や電機などの社会インフラ事業の再強化、すなわち本業回帰だ。同事業は安定的な収益が期待できる。そこで白羽の矢が立ったのが東大工学部卒で日立工場長、電力事業本部長という「本流」を経験した川村氏というわけである。

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