ポツダム宣言を受諾し、事実上太平洋戦争が終わった1945年8月15日。戦争によって損失した国富(=国民全体が保有する資産から負債を差し引いたもの)は653億円、現在価値にして約800兆円にも上ると言われています。ここで最も深刻な問題となったのは、すさまじいインフレでした。小売物価指数の推移を見てみますと、1945年後半から急速に上昇していますね。1934〜36年の平均と比べると、1946年8月には21倍、1948年6月には172倍に達しています。まさにハイパーインフレです。
その理由は、いくつかあります。一つは「生産力の低下」。空襲によって工場や工業機械、船舶などの設備がほとんど焼失し、軍事産業もなくなったことから、国内の生産力が一気に落ち込んでしまったのです。二つめは、「凶作による食糧不足」です。1945年は、天候不良と肥料の不足が相まってまれに見る凶作となりました。さらに、敗戦により外地に赴いていた日本人が帰還して需要が急増したことで、供給量より需要量の方がはるかに上回り、物価がどんどん上昇していきました。
しかし、重要なのは次の理由です。単に需給のアンバランスが生じただけでは、インフレは起こりますがハイパーインフレには至りません。引き金となったのは、「財政の悪化」でした。
戦時中、日銀が大量のおカネを供給
戦争には、多額のお金が必要です。太平洋戦争(日中戦争を含む)に投入された戦費の総額は、当時の金額で1935億円。日中戦争開戦当時のGDPは約228億円ですから、その8.5倍にも上ります。現在の状況に当てはめると、2015年の名目GDPの推計値は約500兆円ですから、約4250兆円の国費を使ったことになります。この戦費を税金だけではとても賄いきれませんから、国債で調達しました。
もう一つ、財政赤字が膨らんだ要因は「復興」です。終戦後、日本にGHQ(連合国軍総司令部)がやってきてさまざまな経済政策を行いました。そのうちの一つに「傾斜生産方式」という産業政策があります。
復興には、あらゆる資材の中でも、石炭や鉄鋼、電力などの基礎材料やエネルギーが必要です。そういった基礎材料を扱う業種に、資金や人材、資材などを集中投入して、インフラや工業の基板を一刻も早く復興させようとしたのです。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら