生活保護に厳格化の波、拙速改革の落とし穴

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62年ぶり改正を生かせるか

生活保護制度の維持と、受給者の生活のために、何より大切なのは自立支援策の拡充だ。しかし、過度な自立への要請は、「最後の安全網」としての安心感を奪うリスクとも隣り合わせともいえる。

東京都在住の佐藤康之さん(仮名・49)は、福祉関連の仕事に就いていたが、激務のため体調を崩し退職。2年前から生活保護を受給している。佐藤さんは「親族から生活保護受給を『恥ずかしいこと』と言われたことが忘れられない。扶養義務の強化や現物給付が導入されれば、早く抜け出したいと最初は無理にでも頑張るだろう。でも今も職探しを続けるが、この年齢で安定的な仕事は見つからない。日雇いは体力的に続ける自信がなく、無理に自立を促されるのは不安もある」と話す。

自民党案では、稼働年齢層の保護期間への「有期制」導入、現物給付、親族による扶養義務の強化など、就労インセンティブ強化や不公平感の是正を目的とする措置が講じられている。「本来必要な人が、保護から追い出されてしまう」(もやいの稲葉氏)という懸念も広がる。

厚労省の国民生活基礎調査(07年)からの推計によると、最低生活費よりも収入が少ないにもかかわらず、保護を受けていない世帯は約229万世帯に上る可能性がある。慎重派の人々には、生活保護に対して世間全般にスティグマ(心理的嫌悪感)が根強く存在し、「本来必要でも受給に二の足を踏んでいる人が多い」という意識が強い。制度改正で、必要な人がこれまで以上に保護を受けにくくなることを危惧する。

世耕議員は、反対派との意見相違の根底について、「フルスペックの人権を認めるかどうか」と説明する。生活保護が憲法上の「最低限度の生活」の権利を保障するものである以上、その権利の範囲をどう考えるかは、国民の間でも議論が必要だ。

現行制度は通達行政が中心で、1950年の制定以降、法律は一度も抜本改正されていない。今回の見直しは来年度の法律改正も視野に入っている。景気低迷、高齢化が続く状況下で、「最後の安全網」をどう再構築するか。拙速な制度改正だけは避けなければいけない。

(許斐健太 =週刊東洋経済2012年7月7日号)

記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
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