なぜ米国はナチス台頭を止められなかったか ヒトラーと対峙した米国大使一家の記録

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歴史の結果を知る後世の者の目からみれば、ナチスドイツという怪物の暴走が、決定的に始まろうとする重大な時期だった。が、その重大な時期の駐独大使の座は何カ月も空席だった挙句、ローズベルト自身面識もない、外交官や政治家としての経験もない人物が送り出されたのである。

ドイツは「偉大なる復興」という美名に隠れて、急速に変貌しようとしていた。このころすでに、いたるところに即席の監獄や拷問所がつくられ、何万人もの反体制的な人々が「保護拘禁」という名目で逮捕され監禁されはじめていた。国家権力の暴力は、日ごとにむき出しになりつつあった。

しかし、米国の関心は、ナチスの危険性よりも経済だった。恐慌から脱出するためにニューディール政策を打ち上げたローズベルトにとって火急のドイツ問題は、ヒトラーが米国への12億ドルの借金返済を拒もうとしていることであった。

ナチスの危険性は過小評価されていた

米国の財政・金融の担当者たちにとって、この「金の問題」のまえにはナチスの危険性は大いに過小評価されていた。ヒトラーが対外的にはまだ穏健を装っていたのをよいことに、ナチスの正体と向き合うことをサボタージュしていたと言ってもよい。在独米国人がナチスの突撃隊に襲撃されるというような事件も頻繁に起こり始める。が、それもナチスの輝かしい成果にともなう少々の行き過ぎ、と軽視したというのである。

ドッド大使とその家族が目撃する事になるできごとには、あらゆる場面ですでに悲劇の陰がさしている。瀟洒な邸宅の賃貸物件が豊富なことから「いつのまにか、なぜか、姿を消した人々の存在」を感じ取ることはできるだろうか。つい最近まで生き生きとしていた友人が突然自殺したとき、それは本人さえも知らなかった先祖の出自を突きつけられ国家から疎外されたことに絶望したからだと、感じ取ることはできるだろうか。

ナチスはやがてユダヤ人をはじめ、障碍者や同性愛者、ロマの人々など、国家に貢献しないと断じた人々を生きるに値しない命と決めつけて抹殺していくが、それらを実行できる権力を手中に収める手始めにまず、なにが起ころうとしているかを敏感に感じ取り正しく警鐘を鳴らそうとする人々を殺したのだということが見えてくる。その次に現在、あるいは将来、敵に回りそうな者を抹殺する。この時期に行われたことである。権力が肥大化し暴走する過程で「弱者」とは誰の事かと言えば、権力に晒される「個人すべて」であると思わされる。

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