高市首相から直筆の手紙「かかとがすべすべになり、驚いています」17年かけて"楽天1位"とった靴下ができるまで

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しかし、 勉強はあまりできるほうではなかったそうで、高校受験の1次試験で公立も私立も不合格。なんとか2次募集で滑り込んだ大阪の私立高校を無事卒業し、「たまたま受かった」近畿大学の法学部に通った。

その傍らで、靴下工場の夜勤要員として働かされていたそうだ。大学から帰宅後、夜の19時から深夜2時まで。土曜日だけは終業時間が少し早く、深夜0時まで。さらに休日は、2400坪の田んぼを管理する。

「父に『休みをくれ!』と言うと、『寝る時間も、ご飯食う時間もあるやろ! お前は、あかんたれや!』と返ってくるんです。身体はとっくに限界を超えてましたね。友人と飲みに行ったり遊んだりした記憶がない大学時代です」

卒業後も母から、「頼むから、よそに勤めると言わずうちの仕事を手伝って」と頼まれそのまま入社。だが、待ち構えていたのは、やりがいと居場所のなさだった。

米ぬか靴下
直営店で販売される米ぬか靴下(写真:鈴木靴下提供)

居場所のない男が目をつけた「米ぬか」

初仕事は、荷物持ちと雑用だった。工場を仕切るのは、13歳年上の番頭さん。

「父は、『物事には順序がある。俺とお前の間には番頭がいる』と言い、息子である私を持ち上げることを絶対にしませんでした。番頭さんが工場を仕切っていたので、番頭さんの給料は父よりずっと高かったとも聞いています」

与えられた仕事を、もくもくとこなす日々。機械を前に、靴下を作る。農家の仕事では、田植えをして稲を刈り、お米を精米して米ぬかを畑に捨てる。

このときいつも、「米ぬかって栄養がすごく豊富なのに、こうやって捨ててしまうのはもったいないなぁ」と思っていたそうだ。

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