高市首相から直筆の手紙「かかとがすべすべになり、驚いています」17年かけて"楽天1位"とった靴下ができるまで
同社が創業以来ずっと拠点を置いてきたのは、日本で2番目に「面積が」小さい町といわれる奈良県の三宅町。その面積は4.07k㎡で、車だと約2分で隣町に入るほどの小ささだ。人口は、約6300人。この小さな町で、世界唯一の「米ぬか繊維」を開発した和夫さんは、こう振り返る。
「開発当初は社内ですら認めてもらえず、商品化してからも商談で門前払い。会社に迷惑をかけちゃいけないと思い、これまでの23年でかかった開発費はすべて自腹で賄ってきました。その総額は、1億円を超えています」
会社に高品質な靴下製造技術がありながらも、誰にも認めてもらえない靴下の開発に私財を投じ続けてきたのだ。その投資が実り、2006年の誕生から14年後、米ぬか靴下は楽天市場で販売数1位のブランドに成長する。
しかし、ずっと成果が出なかった開発をなぜ続けられたのだろう。そこには、長きにわたりくすぶり続けた想いがあったという。
お前は、あかんたれや!
鈴木靴下の創業は1958年。和夫さんの父・勇一さんが農家の副業として始め、和夫さんは創業と同じ年に長男として生まれた。
曲がったことが大嫌いな父は、自分だけの利益のためには動かないが、人のためであればなんでもする人だった。社員や地域の人には優しかったが、長男である和夫さんには特に厳しかったそうだ。
「行ってきます」というと「行ってまいります、やろ!」と怒鳴られる。ご飯中、肘を少しでもつけばはたかれる。お客さんの前では常に、「うちの息子は気が弱くて、あかんたれやわ」と言われる。
地元の政治家でもあった父は、和夫さんに社会を生き抜く考え方をこんこんと言い続けた。
「『首の根っこを掴まれたら(弱みを握られると)、身動きできなくなる』『苦しければ苦しいときこそ、先に現金を払え』など、父からは多くの教えを叩き込まれました。また、週末には、家族全員でお墓参りにいくのが決まりでした。ご先祖様に感謝して、近況を報告するんです。それは、父が亡くなった今も続けています」(和夫さん)
父とは逆に、母は「思いっきり優しい」人だったそうだ。だからなのか、鈴木さんは、工場で働く社員に「アメ、あげるわ」と配って回るような気前がよい子どもで、大人から可愛がられた。



















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