『暮らしのおへそ』編集ディレクターが"苦い"経験から実感!「認められたい私」を手放して人とラクにつながるまで
よく「自分の軸があれば迷わない」といいますが、その意味がやっとわかってきました。その「軸」を育てるものは、繰り返し何かを続けることで得た「実感」なのです。
毎朝歩いて蓄えた体力、毎日体操を繰り返して得た柔軟性、鏡の前でコーディネートを確認して見つけた自分らしさ。自分の心と体で確認し「よし!」と手にしたものは、決して揺らぐことがありません。
一日一日を淡々と積み重ねていけば、きっと私は大丈夫。誰も私のことを知らない場に行っても、ご機嫌に周りにいる人とのおしゃべりを楽しめる人になりたいなと思います。
「相手の文脈」で相手を理解するには
雑誌で取材をし、記事を書き上げて入稿すると、初校という校正紙が出てきます。これを取材させていただいた方々に送り、チェックをしてもらう、というのがお決まりのプロセス。
ほとんど何も赤字を入れずに戻してくださる方もいれば、真っ赤になるほどあれこれ修正を入れる方もいます。
私はこの「赤字を入れられる」というのが大嫌い。自分が一生懸命書いた原稿に、ダメ出しをされるってことですから……。つまり、「褒められ好き」の私にとって、最もダメージを喰らう時間というわけです。
赤字が戻ってくるたびに「はあ〜っ」とため息をつき、落ちこみ、ときには「こんなこと、取材のときには語っていなかったのに」とプリプリすることも。
つい最近、受け取った赤字を修正しながらこんなふうに考えました。取材で話を聞きながら、私は「この人はこういう道を歩いてきて、だからこんな考え方になって、こういう価値観を手に入れたんだ」と理解していきます。その理解は「私の頭」で分析したもの。
でも、その人が「今のその人」になるまでには、取材で語りきれなかったいろんな道がつながっているはずです。わずか2〜3時間でそのすべてを理解するなんて、所詮無理な話。だったら「わかったつもり」になっている私こそが傲慢なのかも。
人に対して腹を立てるほとんどが、この「わかったつもり」から始まるような気がします。それは、夫婦間でも同じ。
1カ月ほど前から、新しい歯科医に通うようになりました。かつて私が通っていた歯科医は、なるべく今の状態を温存し、積極的な治療を避けようとする傾向にありました。
それを知って夫はずっと「僕が行っている歯科医は、最新機器でCTとかも撮ってくれて、治療法を提案してくれるから、替えてみたら?」と言い続けていました。
なのに私は「あなたはいつも頭でっかちで理論で判断するでしょ。時には現状維持も大事なんだよ!」と反論し、言うことを聞かなかったのです。
そんなある日、歯が急に痛くなり、なのにいつもの歯科医の予約がとれなくて、仕方なく夫のおすすめの歯科医に行ってみました。すると、夫の言葉通り、今の状況を綿密に調べ、どういう対処の仕方が最適かと丁寧に説明してくださいました。



















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