『暮らしのおへそ』編集ディレクターが"苦い"経験から実感!「認められたい私」を手放して人とラクにつながるまで

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一田さんの暮らしの一コマ
(写真左)食後にちょっと甘いものが欲しくなる。スーパーで安い羊羹を買っておき、一切れカットして/(写真右)10年前ぐらいから、外出はほとんどスニーカーだけに。足がラクだと元気が長持ちする。スイスのブランド「On」を愛用(写真:『褒められなくても、生きられるようになりましょう』より、撮影:馬場わかな)
SNSの「いいね」や職場での評価など、私たちは日常的に“誰かの評価”にさらされています。仕事、家庭、人間関係……、多くの人が「認められたい」という思いを抱えながら生きているのでは。
雑誌『暮らしのおへそ』で編集ディレクターを務め、暮らしに寄り添う文章で人気のエッセイスト・一田憲子さんも、若いころから「褒められる」ことが大好き。しかし60歳を過ぎ、若い頃のように成果や評価を追い続け、「人にどう思われるか」に神経をすり減らす、生きづらい日々は、そろそろ卒業したい……と思うようになったそうです。
とはいえ、これからの人生で、「褒められる」以外に、自分の心を満たすものとは? 「評価されなくてもいい」と肩の力を抜くことで、人生の楽しみはむしろ広がる――。そう語る一田さんのエッセイを2回にわたって掲載します(本記事は『褒められなくても、生きられるようになりましょう』より一部を抜粋したものです)。
【あわせて読む】『暮らしのおへそ』編集ディレクターが60歳を過ぎて手放した「褒められたい」の呪縛、「気にしい」が変わったきっかけ

「何者か」にこだわっていた過去の自分

10数年前、48歳のときに私は車の運転免許を取りました。ちょうど春休みの時期だったので、大勢の高校生たちに囲まれて教習所に通った1カ月のつらかったこと。

車好きの夫のセレクトで、我が家の車はルノーの左ハンドル、しかもマニュアルでした。なので無謀にもマニュアルの免許に挑戦。クラッチをつなげるタイミングや、坂道発進など、若者たちがすいすいクリアして次の段階に進むのに、私はいつもギリギリ。夜寝ているときまで、教習所で運転をしている夢を見たほどです。

でも、何よりつらかったのが、教習所では私は何者でもない、という現実でした。『暮らしのおへそ』というムックの企画編集を手がけていても、自分の本を出していても、そんなことは一切関係ありません。

ただ「車の運転を習う」という目的が同じだけで、同じ場所に通う人たちの中で、自分の立場が「なんでもない」という状況が、当時の私には苦しかったのでした。

そんな自分を発見し、「あれ?私ったら『私は本を出してるすごい人なんだよ』ってみんなに言いたいのかな?」と、呆(あき)れてしまいました。

正直に告白するなら、こんなことが時折あります。「私はこういう者なんだよ」とつい言いたくなります。もちろん、そんなことは口に出さないけれど、いつの間にかマウントを取ろうとしている自分に嫌気がさすことも……。

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