日本は対中分析のベースになる「データ」が圧倒的に不足/アメリカやオーストラリアにあって日本にはない視点

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筆者は過去10年の間に、中国の一帯一路構想、そして中国企業によるイノベーションという2つの問題領域に、とくに関わってきた。研究過程で感じてきた事の1つは、「この問題は、中国研究を主たる課題としてトレーニングを受けてきた自分には、どうも手に負えない」というものだった。

とはいえ、何もしないというわけにもいかないので、自分なりにそれぞれ論点整理を行ってきたが、つまるところ納得いく分析はできていない。

私個人の分析力にも起因しているが、同時に、そもそもこの問題領域は、ほかの専門知識やスキルのある人との共同作業によってのみ、分析可能なようにも思われる。例えば、有力スタートアップであるディープシークが目指している技術的革新を、私はまったく説明できない。説明できるのは自然言語処理の専門家のみだろう。

同様のことは電気自動車や、ロボティクスといった領域でも、断続的に発生している。中国が十分に先端的な領域に達した今、その領域では旧来の「中国屋」にできることは限られていることを、身をもって感じている。

もちろん、依然として中国屋の貢献ができる部分もあるだろう。例えば、現状で中国のAI関連の話題でいえば、生成AI技術に対して中国政府が2023年8月に施行した規制が、いかなる影響をもたらしているのか、といった論点である。

知的インフラが今こそ必要な理由

問題は、中国専門家のみでは理解不能となりつつある領域に新たに取り組むためのインフラとチームを追加構築できるのか否かである。

また今後の中国動向の分析能力構築の面では、生成AIやエージェントの利活用を本格的に視野に入れなければならないだろう。

中国に向き合うことは、声を荒らげることではない。自ら事実を集め、手を動かして測定し、検証する能力を持つべきである。この地政学の時代に、対立とも友好とも距離を置いて、静かに中国を分析することは実に難しくなってしまった。だからこそ、対中考察の基礎は、一歩引いた持続的な知的インフラの構築と領域を超えたチームワークに置かれるべきだ。

伊藤 亜聖 東京大学社会科学研究所准教授

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いとう あせい / Ito Asei

1984年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程満期退学。博士(経済学)。専門は中国経済論。人間文化研究機構研究員などを経て、2017年4月から東京大学社会科学研究所准教授。単著に『現代中国の産業集積―「世界の工場」とボトムアップ型経済発展』(名古屋大学出版会、2015年、大平正芳記念賞、清成忠男賞受賞)、共編著に『現代アジア経済論―「アジアの世紀」を学ぶ』(有斐閣、2018年)など。

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