パリ同時テロに潜む「失われた40年」の十字架 なぜフランスでここまで凶行が頻発するのか

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日本では15日、東京・南麻布のフランス大使公邸で追悼行事が行われ、在日フランス人ら約3000人が集まり、黙祷をささげた。「テロリストはパリ市民の普通の生活を壊そうとしている。次は食べ物を使ったテロでも起こそうとしているのかもしれない」などと、参列したフランス人は不安げに語る。

今回のテロで多数の犠牲者が出た「バタクラン劇場」は、パリの11区に位置する。文化的な地域で、周辺には地元の若者が集う、カフェやレストランなどが軒を連ねる。移民が比較的多く居を構え、観光客はあまり見掛けない。

同じくテロの標的となった競技場「スタッド・ド・フランス」のあるサンドニも、アフリカからの移民の姿が目立つ。それだけに今回の襲撃は、「フランス社会の分断を狙ったもの」(ル・モンドのフィリップ・メスメール記者)と受け止められている。

割を食う移民3世たち

フランスでテロが相次ぐ一因として、移民政策の誤りが考えられる。

同国に住むイスラム系移民は現在、2世や3世まで含めると、400万人を上回っているともいわれる。全人口の6%強を占めるに至ったきっかけは、1960年代の高度経済成長期に、マグレブ3国(モロッコ、アルジェリア、チュニジア)を中心としたアフリカ諸国から、多くの移民を工場労働者として受け入れたことだった。

しかし、1970年代のオイルショック以降、フランス経済は長期低迷期に入った。「日本が“失われた20年”ならば、フランスは“失われた40年”だ」。こんな説明をよく耳にする。「景気停滞の最初の犠牲になったのが、アフリカからのイスラム系移民」(メスメール氏)。雇用環境が厳しさを増すにつれ、一部の移民は職を失うようになった。

フランス国立統計経済研究所(INSEE)によると、1975年1~3月期の失業率(海外県を除く)は2.9%だったが、その後は徐々に上昇。1993年10~12月期には10.1%と2ケタ台になった。

1990年代の雇用環境悪化のあおりを受けたのが、フランスで生まれた移民2世だ。失業者が増えると、社会不安は高まりやすい。パリ郊外の居住区の一部では、治安が悪化の一途をたどった。

失業率は2008年1~3月期に6%台まで持ち直したが、同年に起きたリーマンショックを機に、再び悪化傾向に転じ、足元は10%台へ再上昇している。25歳未満の2015年4~6月期の失業率は23.4%。実に若者の4人に1人が職を失っている状態だ。

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