「禿げ鼠」とは秀吉のことである。そうして秀吉のルックスをイジりながらも、夫の女遊びについて「非難してもよいが、言うべき事をすべては言わないようにして、もてなすのがよかろう」と、夫婦円満の秘訣を説いているのが、なんとも微笑ましい。
書状は「なおこの手紙文章をそのまま羽柴藤吉郎秀吉に見させるようお願いする」と締められている。
信長からの「調子に乗るなよ」というメッセージには、秀吉もさぞ気を引き締めたことだろう。
寧々から書状の返事がなく不安になる秀吉
暴君のイメージが強い信長だが、上記の書状からは、気遣いに溢れて、ユーモラスで優しい人柄が伝わってくる。「文は人なり」とはよく言ったものだ。
そういう意味では、秀吉がいくらほかの女性に心を奪われても、寧々を必要としたこともまた、彼の書状から伝わってくる。
秀吉が天下統一の仕上げとして「小田原攻め」を行うが、京都から出した寧々への手紙では「このところ手紙を受け取っていません。恋しくて、これを書いています」と心情を吐露。さらに「そなたより久しくお便りがないので、心配になり、あえて筆をとりました」としながら、家族の様子を尋ねている。
そしてダメ押しするかのように、「久しく、あまりに久しくお便りがないので、不安になって書いています。心から返事を待っています」としつこく繰り返し、書状は締められている。
秀吉にとって寧々が、いかに特別な存在だったかがわかる。
秀吉と寧々との間には、子どもができなかった。寧々に次ぐ正妻として位置づけされる茶々(淀殿)が懐妊したときには、秀吉はこんな書状を寧々に送った。


















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