【ミラノ・コルティナ五輪】開催前には「全然盛り上がってないよねー」と言って盛り上がった…イタリア現地のリアル
夏休みにシチリアへ遊びに行っていた私は、家族と共に島を一周する遊覧船の席を予約した。予約時間の30分も前に行こうとはやる夫を「予約してあるんだから、出発10分前でいいじゃない」と押しとどめた。
ところが10分前に行ってみると、なんと席がなくてびっくり。わざとか間違いかは知らないが、チケット売り場が、その船の席数よりも多くチケットを販売していたというのだ。
だから私たちは、チケットを持っているから乗船することはできたものの、席がないので床に座らされ、船は出発。今思うと、定員オーバーの船なんて危ないじゃないかと思うのだが、その船は島の周りをぐるりと周り、泳げる人は飛び込んでもいい、そんな簡単な周遊船だったので、あまり神経質なことは誰も言わなかったのかもしれない。
それにしても、日本では絶対に起こらない、この適当さ。日本人の私はびっくりして腹を立てたが、イタリア人たちはそういうことがありうる、席の定数も、もしかしたら決められた出発時刻さえも信用ならないのをよく知っているから、早めに乗船していたというわけだ。
そういえば、昔はイタリアで市内バスに乗っていても、次に降りるバス停の1つ手前辺りから立ち上がってドア方向へ突進する人がとても多かった。「次、降ります」というお知らせボタンを押しても、そのボタンが機能しない、または機能してもドライバーがうっかり止まらずに通り過ぎてしまうことを心配していたからだ。
だから、早めに昇降口へ行って、次降りますアピールをする必要があったのだ。「走行中は危険ですから席を立たないでください」というアナウンスに慣れていた日本人の私は、バス停で止まってから立ち上がってドアへ向かっていた。なにノロノロしてるんだよ!という冷たい視線を感じたものだ。
最近ではバスのIT化なども進んで、ドライバーに止まるべきバス停を知らせるシステムがあるのだろう、そういうこともあまりなくなったが、予想外のことが多々起きるイタリアでは、常にさまざまな事態に備えておくべし、という用心深さがイタリア人のDNAに染み付いていると思わざるをえない。
「オリンピックは本当に開催されるのか?」
だからオリンピックのことも信用していないのだろう。人々は、工事の遅れや、オーガナイズサイドのゴタゴタや、さまざまな問題が報道されるのを見て「オリンピックは本当に開催されるのか?」と疑ってかかる。
まあ、その気もわからなくもない。何と言っても、開催3日前になってもまだ完成していない設備があったりするのだから。


















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