原発事故15年目の最高裁判決、自主避難者への住宅供与打ち切りの"無法"を指弾した裁判長「反対意見」の意義
「仮設住宅」というと、一般的に被災地の校庭などに建ち並ぶ長屋風のプレハブ建築の住宅が想起される。しかし原発事故での避難は放射線被曝を避けるため汚染した被災地から離れるのが目的であることから、避難者の受け入れは「みなし仮設住宅」が中心になった。
法令が定める一般人の被曝限度(避難指示基準)は年間1ミリシーベルトだ。これは現在も変わっていない。しかし政府は事故発生から1カ月後、「緊急時」を理由に避難指示基準を年間20ミリシーベルトとした。後付けの線引きにより、外れた地域からの避難者は「自主避難者」と呼ばれるようになった。国の避難指示に基づく東電による賠償の対象外とされ、避難先で供与された「みなし仮設住宅」だけが原発事故避難者の「証」となった。
問題は供与の「期限」だった。災害救助法には期限の定めはないが、プレハブ住宅の安全性確認の理由から原則2年とされ、さらに入居者(被災者)の生活再建が進んでいないと判断した場合には1年ごとの延長が可能とされている。他方、一般の住宅である「みなし仮設住宅」に適用する理由はない。そうであるのに、国(13年10月以降は内閣府防災担当が所管)と福島県は、県の内外にかかわらず1年ごとに延長の可否を判断する枠組みを堅持した。
そして福島県の内堀雅雄知事は15年6月、自主避難者への供与を17年3月末(16年度末)で終了する方針を発表した。さらに福島県は2年間限定で継続居住できる補助制度(通称セーフティネット契約)を設け、自主避難者たちに受け入れを求めた。
自主避難者が文字通り、崖っ淵まで追い詰められたのはその後だ。セーフティネット契約が終了した2019年度以降、退去に応じない自主避難者に対して、福島県は2倍の家賃を「損害金」として請求し、職員が実家にまで訪れて退去を迫った。それでも応じない場合には、福島県は住宅の明け渡しと2017年3月以降の家賃支払いを求めて提訴した。福島県によると、こうした訴訟は33件に上る。
被災者政策の「無法」を指摘した反対意見
被告の女性は福島県南相馬市からの子ども連れの避難者だった。福島県は20年3月にその女性を福島地裁に提訴した。県の主張をすべて認めた第1審判決(23年1月)、第2審の仙台高裁判決(24年1月)の後、東京地裁から強制執行を受けたため東雲住宅を退去し、現在は民間賃貸住宅に転居している。「法律をねじ曲げて追い出す理不尽に納得できない」との思いから福島県への反訴を取り下げず、最高裁に上告を申し立てた。
ところで民事訴訟法では判決の言い渡しについて特段の規定がなく大半の上告は書面のみで棄却を伝えられる。今回の判決も上告棄却で、高裁判決の内容を変更していないことから、「反対意見」の存在を伝えるため法廷で判決を下したみられる。
三浦裁判長は検察官出身。最高検察庁公判部長や大阪高等検察庁検事長を経て、18年2月に最高裁判事に就任した。福島原発事故における国の賠償責任を否定した22年6月の最高裁判決でも「(当時の)原子力安全・保安院と東電が法令に従って(地震・津波対策に関して)真摯な検討をしていれば、適切な対応を取ることができ、事故を回避できた可能性が高い」とする反対意見を述べている。その三浦裁判長は今回の判決でも、警鐘を鳴らした。


















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