「経営の神様」にならなかった丹羽宇一郎氏となり損ねた永守重信氏、2人の経営者の"去り際"に透ける決定的な差
「(アメリカのエネルギー企業エンロンが不正会計を行い、01年に破綻した)エンロン事件のような不祥事は昔からありましたが、ほとんどのアメリカの経営者はキリスト教精神に支えられた強い倫理観を持って経営していました」と前置きしたうえで、こう述べている。
「アメリカは流動性が高く、役員もどんどん替わる。犯罪も多いため、お目付け役として社外取締役を送り込む制度ができました。しかし実際には機能していません。なぜなら、CEOは友達を呼んでくる。そうしないと自分も再選されないという構造があるからです」と指摘していた。
ところが、こうした持論を主張し続けた御手洗氏さえも、その信念を変えざるをえなくなった。10年代以降、コーポレートガバナンス改革の潮流が世界的に加速したからだ。
機関投資家やアクティビストの圧力が強まる中、キヤノンも15年に社外取締役を導入。16年には指名委員会等設置会社に移行した。
「経営ぐらいのことで合理的な判断ができるわけない」
御手洗氏は25年度の株主総会においても女性の社外取締役が加わったことにより適切な助言をいただいている旨を強調しているが、社外取締役も人間である。誤った助言をしないとも限らない。
そもそも、人間の判断力には限界がある。24年末に亡くなった神戸大学の加護野忠男名誉教授は、かつて組織学会の大会でこんな話をした。
「(既婚者の方は)結婚すると決断したときのことを思い出してください。合理的に判断されましたか」。そう問いかけると、会場から笑いが漏れた。加護野教授は続けた。
「人は結婚という人生の重大事においても合理的に判断していないようです。だから、経営者が経営ぐらいのことで合理的な判断などできるわけがないのです」
つまり、人間がどれほど合理的に行動しようとしても、情報・時間・認知能力などの制約によって、限られた範囲の合理性しか発揮できない限界合理性をわかりやすく説明したのだ。
(後編に続く)
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