ところが、高校入試という現実と向き合う場面が増えてくる中2の冬、淳さんは衝撃の言葉を発した。
「僕、高校はサッカー推薦では行きたくないんだ。今からサッカーに縛られるのは嫌なんだよ」
母親は耳を疑った。学校の成績は相変わらずの状況。塾にも行かず、サッカーに明け暮れる毎日を過ごしてきた息子だったが、いつの頃からか、サッカーに対する諦めにも似た感情が心の中に生まれていたのだ。
クラブチームに入ってみると、自分よりもうまい子は山ほどいた。幼い頃からサッカーをやっていた子も多く、足捌きなどのテクニックがどうしても追いつけない。クラブチームで選手として活躍するには、自分の実力では難しかった。その頭打ち感を本人は自覚し始めていたのだ。
だが母親はどうしても腑に落ちず、思わず強い口調になってしまう。
「なんで? いままで頑張ってきて、これからなのに。本気で続けていればもっともっと伸びるし、高校サッカーが一番おもしろいのにもったいなさすぎる!」
すると、母親の胸にグサッと刺さる一言が飛んできた。
「お母さんが応援してくれるのはうれしいけど、じゃあ僕はお母さんのためにいつまでサッカーをすればいいの?」
思いもよらない訴えに、母親は言葉を失った。その言葉を前にすると、息子の意志を尊重せざるを得なかった。
だがすでに中学3年生。塾に通ってなんとか成績をオール3の状態まで上げ、作文と面接だけで合否が決まる私立の単願制度で、学校偏差値40台後半から50台の学校に出願することにした。
結果は合格。入学した高校は難関大学を目指すコースから、専門学校や就職も視野に入れたコースまで複数に分かれており、淳さんはレベル的には真ん中のコースに入学した。
「勉強嫌いを克服したい」と奮起
学校には、放課後にチューターが勉強を教えてくれる進学支援センターがあるものの、ここを使うのは難関大を目指すコースの生徒がほとんどだった。月額1万円程度が授業料とは別に必要だったが、淳さんは入学してすぐこの施設を使いたいと母親に頼んできた。淳さんの中には、勉強嫌いを克服したいという気持ちが湧いていたのだ。
高校ではフットサル部に所属し、部活のない日は全て進学支援センターに通い勉強した。その甲斐あってか、高校に入ってからの成績は内申平均3.8とまずまずの状況だった。
勉強が苦手だった淳さんがここまでやれているのだ。大学進学について母親は「淳らしく生きてくれればそれでいい」と、学校の成績を使って年内に決まる推薦型入試で入れるところに行けばいいくらいに思っていた。だがここでも、親の思いとは違う方へと本人の気持ちは進んでいく。
高校1年生の冬休みに母方の親族と集まった時のことだった。大学受験を控える高3の従兄弟の話を聞いた淳さんは、一般入試に挑戦したいという思いを抱くようになっていく。
従兄弟は中学時代からそれなりに勉強をやってきたが、高校進学では安全策をとり、実力よりも少し下のレベルの都立高校に推薦で進学した。だが、高校入試で最後まで挑戦しなかったことを悔いており、立教大学の指定校推薦に出願できると言われたのを蹴って一般入試で上智大学を目指すことにしたという。
この話が淳さんの心に火をつけた。
「これだ!」



















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