50年を経て初の劇場版! 映画《俺たちの旅》で昭和世代が"号泣必至"のワケ
さまざまな人生経験を積み、歳を重ねた3人は、人生の後半を迎えて、それぞれの道を穏やかに歩んでいた。しかし、米子市長の3期目の選挙を控えるオメダには、最期を見据えるからこそ断ち切れない過去への思いが生じていた。
一方、洋子の死と彼女への思いに囚われるカースケは、洋子が目撃されたという話を聞きつけてその足跡を辿り、洋子が「最期に残した言葉」の存在を知る。
そこでは、3人の現在を描く“五十年目の物語”と、3人が歩んできた“五十年間の物語”が、クロスして描かれる。
連続ドラマの放送開始当初から、主人公たちと同年代の若い層を中心に、熱い支持を受けてきた本シリーズ。『五十年目』は、3人の50年間の人生を通して、視聴者がそれぞれの人生を振り返るドラマになるかもしれない。
映画のオープニングは、50年前の連続ドラマと変わらない。中村雅俊が歌うドラマ主題歌「俺たちの旅」が流れ、当時のシーンもそのまま映される。もちろん画角は昭和のテレビサイズだ。冒頭から涙が止まらなくなる観客も多いことだろう。
そして、劇中でも過去の連続ドラマやスペシャルドラマの名シーンがふんだんに挟み込まれる。それは、『五十年目』の物語がすべて過去からつながっているからだ。
かつての出会いや別れには、すべて意味がある。それが当時のシーンと現在がカットバックしながら映されることで、人生の切なさと儚さが胸に迫ってくる。主人公たちと観客の感情が同調し、物語に引きずり込まれるに違いない。
一貫して描いてきたのは「人生をどう生きるか」
本シリーズが一貫して描いてきたのは、人生という、一度きりの限られた時間をどう生きるか。20〜70代までの人生において、その時々で生活も、社会も、周囲の環境も変わる。年齢とともに移り変わる人生のステージによって、生き方は変わるのか。劇中の3人の人生は、その答えを示している。
70代の彼らの物語は、人は誰も過去を背負って現在を生きていることを映す。振り捨てられない過去があり、いつまでも追いかけてくる思い出がある。前を向いて生きているつもりでも、過去に囚われていることに気づいていないだけかもしれない。
そして、人は何を指針にして、何のために、誰のために生きるのか。誰かが思い通りに好き勝手に生きれば、誰かを傷つけることもある。幸せとは何なのか。そんなことを問いかける。



















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