PTA「任意化」する学校増、保護者の満足度上がる傍ら《運営が成り立たない…元に戻そうという動きも》その前に考えたい「コア型PTA」の選択肢
単に規模を縮小したPTAではなく、会員制そのものを前提としない、まったく別の組織モデルだと言える。

下方氏が「コア型PTA」という考えに至った背景には、長年PTA運営に携わる中で感じてきた違和感がある。
「戦後、文部省(当時)は『父母と先生の会―教育民主化への手引』を制作し、全国の学校に配布しました。これをきっかけに、日本各地でPTAの設立が一斉に進みます。この手引では、戦前に『学校設備への寄付や行事の後援は親の義務』とされてきた『学校後援会』のあり方を反省し、戦後の『教育の民主化』の一環として、保護者と教職員が共に学び、交流しながら、子どもの教育について協力関係を築くための新しい民主的な組織を構想していました。
そして、設立の手順としてこう記されています。『まずは理解のある数人が集まり、設立準備から始めましょう』。つまり、PTAは本来、少人数の“コアなメンバー”からスタートし、共感を広げながら会員を増やしていく組織だったはずなのです」
ところが現実には、PTAの結成が一斉に進められた結果、「新しい民主的な組織を設立する」という意図とは裏腹に、実態としては「学校後援会」の看板を塗り替えただけにとどまったケースも少なくなかった。
「当時の文部省の報告書や出版物を読み解くと、 『作れと言われたから作った』という形で、民主的なプロセスは十分に踏まれないままPTAが設立され、その構造が今日まで引き継がれていることがわかります。義務的・強制的な運営や、PTAを学校の下部組織とみなす意識といった現在の課題は、戦前の『学校後援会』的な発想が十分にアップデートされないまま残っている結果だと考えています」
任意団体となった後の選択肢
「PTAは入退会自由の任意団体である」という認識が、この10年ほどで広く知れ渡った。加入の強制ができなくなったことで、これまでの「一人一役制」などの前提は成り立たなくなり、その結果として前述したような「担い手不足」や「目的が見えないまま続く」などの状況が生まれている。
担い手がいなくなり、解散を選択したPTAも実際に存在する。しかし多くのPTAでは、任意加入制を導入した後も、役割分担や参加のあり方に従来の“空気”が残り、一定の負担感を抱えたまま組織を維持するための方法を模索しているのが実情だ。
下方氏が見据えているのは、そのさらに先にある選択肢である。会員数や参加者の減少、活動規模の縮小。たとえ一度組織がしぼんでも、そこで「やっぱりこれだけはやりたい」という人が数人残れば、そこから再スタートすればいい。


















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