ミャンマーに今も残る数カ所の日本人墓地の実態、80歳迎えても現地に残り守り続ける日本人、世代を継いで墓守をするミャンマー人家族

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ゾウゾウラさん(41)は、「タムエ日本人墓地」の墓守をしていた祖父の仕事を継いでいます。「タムエ日本人墓地は100年以上の歴史がありますが、戦前はほとんど管理されていませんでした。戦後、祖父は大工の仕事をしながらお墓の管理を手伝っているうちに、日本政府が墓守を務める人を探していたこともあり、正式に墓守を任されるようになった」と言います。

そして、おじいさんはよく「私はビルマ人だが、日本人とは不思議な縁がある。前世では親戚だったかもしれない」と話していたそうです。

「戦時中は敵同士だったかもしれないが、今は日本から住む場所を提供され、見知らぬ日本の方々からも支援を受け、感謝しています。そして、自分も前世では日本人と何かしらのつながりがあったのではないかと思っています」と、ゾウゾウラさんも祖父と同じことを感じているようです。

「命尽きるまで墓地を守り次世代へ」

ヤンゴンの日本人墓地は、多くの日本人によってその歴史が築かれてきました。同時に、ミャンマーの人々も、その歴史の一端を担ってきました。そこには、日本とミャンマーの交流の歩みが語られているだけでなく、近現代日本の歴史が刻まれています。

そして、それぞれの出来事に関わった人々の熱い想いも込められています。こうした貴重な歴史の証しである存在が、後世へと伝わっていくことを願っています。

80歳を迎えた池谷氏は今なお、日本人墓地の維持管理に力を尽くされています。そして次のように語っています。

「当地で無念の死を遂げられた多くの日本人がおられます。ミャンマーで暮らす日本人として、私は命尽きるまで日本人墓地を守り抜き、次の世代へとつないでいきたいと考えています」

西垣 充 ジェイサット(J-SAT)代表

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にしがき みつる

ミャンマー専門コンサルティング会社「ジェイサット(J-SAT)」代表。大手経営コンサルティング会社から、1996年4月に日系企業のヤンゴン事務所に転職。98年に独立し、同地にてJ-SATを設立。企業のミャンマー進出支援やミャンマーでは最難関の日本語学校を運営、ミャンマー人エンジニアや日本語が話せる技能実習生・特定技能生派遣など、一貫してヤンゴンに常駐してビジネスを行う。

ジェトロ・プラットフォームコーディネーターや大阪府ビジネスサポートデスク、福岡アジアビジネスセンターなど公的機関のアドバイザーも務めるミャンマー支援の第一人者。

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