ミャンマーに今も残る数カ所の日本人墓地の実態、80歳迎えても現地に残り守り続ける日本人、世代を継いで墓守をするミャンマー人家族

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「からゆきさん」とは、戦前、経済的な理由などから東南アジア各地などに渡航し、性的サービスを提供していた女性たちを指す呼称です。実際に、池谷氏は「からゆきさん」の研究者が所蔵し、戦前のラングーンで撮影されたと思われる、晴れ着姿の日本人女性たち約50人が写っている写真を見せてもらったこともあるそうです。

移設前に確認された「タムエ日本人墓地」にあった墓石は、現在、イエウェイ墓地の左側にある高台へと移されています。

「チャンドー日本人墓地」は、ヤンゴン市街地に近く、ミャンマー国営放送(MRTV)の裏手にありました。現在この敷地には「麻薬撲滅記念館」があります。この墓地も、およそ100年前に建立されたとされていますが、第2次世界大戦中の42年に連合国軍からの爆撃を受けて墓石の大半が破壊され、爆撃跡地には戦没将兵約4万数千柱の遺骨が埋葬されたそうです。

中国人墓地と誤認されていた日本人墓地も

戦後当時のビルマ人の間では、「タムエ日本人墓地」が知られていたこともあり、こちらは中国人墓地と誤認されていたようです。もともと管理する者がいなかったこともあり、草が生い茂り、廃墟と化しました。その結果、日本人が訪れることはほとんどなく、人々の記憶も次第に薄れ、やがて存在自体が忘れ去られていったようです。

75年頃、ラングーン日本人学校に赴任したある日本人教師が個人的な関心から調査を進めたところ、中国人墓地と思われていた場所が実は日本人墓地であることに気づき、日本大使館に報告しました。そして、調査した結果、76年にここが日本人墓地であることが正式に確認され、「チャンドー日本人墓地」と名付けられたそうです。

翌77年3月には、日本からの慰霊団がこの「チャンドー日本人墓地」に眠る遺骨のうち、約5000柱を日本へ持ち帰り、現在もその遺骨は東京の千鳥ヶ淵戦没者墓苑に埋葬されています。「チャンドー日本人墓地」にあった墓石は現在、「イエウェイ日本人墓地」の右側にある高台へと移されています。

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