ミャンマーに今も残る数カ所の日本人墓地の実態、80歳迎えても現地に残り守り続ける日本人、世代を継いで墓守をするミャンマー人家族
イエウェイ日本人墓地には、第2次世界大戦中のビルマ戦線で戦死した日本兵の墓石や慰霊碑だけでなく、明治・大正時代に当地に滞在していた日本人の墓石、戦後に当地で亡くなった残留日本兵の墓石もあります。
また、竹山道雄の小説『ビルマの竪琴』の主人公・水島上等兵のモデルとされる中村一雄氏の墓石もあります。また、当地で亡くなったわけではないものの、ビルマ戦線から生還し日本で生涯を送りながらも、「自分の人生はビルマで終わっている。死んだら分骨し、ビルマに埋葬してほしい」との遺言を家族に残した方の墓石もあります。
戦死者以外の墓石も多い
さらに、戦争とは関係なく、戦後のODAプロジェクト中に不慮の事故で亡くなった方々や、戦後長く当地で暮らし、最近亡くなった在留日本人の墓石もあります。
「イエウェイ日本人墓地」は、1998年に新たに整備されたもので、現在設置されている慰霊碑や墓石の多くは、もともとこの地にあったものではなく、別の場所から移設されてきました。「イエウェイ日本人墓地」が整備される以前、ヤンゴンには「タムエ日本人墓地」と「チャンドー日本人墓地」の2カ所がありました。
94年ごろ、経済発展へ舵を切ったミャンマー政府は、ヤンゴン市当局による都市開発の推進を背景に、在留日本人や中国人のほか、イスラム教徒、キリスト教徒、ヒンドゥー教徒、ユダヤ人など各宗教・民族の墓地をイエウェイに集約・移転するよう指示を出しました。イエウェイは、当時は一面の田園地帯で、墓地としての整備はまったくなされていませんでした。


















無料会員登録はこちら
ログインはこちら