七階の踊り場から街を眺める。駅周辺は高いビルが目立つが、少し離れると住宅街で、さらに離れると田畑や雑木林が目立ち始める。郊外の典型的な街並みだ。
視界の中程には、青葉丘中学校も見えた。広い校庭があり、右端に体育館とプールがあり、左端には並木や運動部の部室や物置があり、中央には三階建ての新校舎がある。新校舎の二階の左から二番目に、二年二組の教室も見えた。あの小さな教室で何が起きているのかは、外側の人間は誰も知らない。
手摺り壁から身を乗り出して、真下の駐車場を見る。途端に膝下が震えた。その後の数秒間を想像してしまう。一瞬、身体が浮いて、四十五キロの肉体は急加速して、耳元で風を切る轟音が響いて、鉛色のアスファルトがみるみる近づいてきて、ぐしゃり。
よろめいて後ずさり、背中を壁につけて、あの屋上へと繋がる踊り場へ逃げたときと同じように尻もちをついた。日陰のコンクリートはひんやりと冷たかった。
マンション裏手の木立で、ニイニイゼミが鳴き始める。日陰のコンクリートで身体を冷やしながら、しばらく蝉の鳴き声を聞いていた。汗は次第に引いていき、尻と手の平だけが妙に冷たくなっていく。
蝉は一頻(ひとしき)りジージー鳴いたのちに、おそらくは違う木立へ飛び立っていった。奈央は手摺りにつかまって立ち上がり、未だ震える足で不器用に七階分の階段を下りていく。
その後、家へ帰ることもできず、ふらふらと街を放浪するうちに日が沈み始めた。商店街の方面へ歩いていたらしい。商店通りでは青果店や和菓子店や精肉店やブティックが、日暮れの茜色に染まっている。
木村の母親と、木村の姿
ふいに木村の母親が経営する居酒屋を通りかかる。詳しい事情は知らないが、木村の家は母子家庭だった。祖父母の店を継いで、母親が居酒屋を始めたとかなんとか聞いたことがある。
奈央は通りの向こうから、なんともなしにその居酒屋を眺めていた。と、店の裏手の倉庫から、木村がビール瓶のケースを抱えて出てきた。勝手口から、よたよたと店へ入っていく。すると母親の怒鳴り声が聞こえた。木村は再び倉庫へ向かい、またよたよたとビール瓶のケースを抱えて出てくる。と、勝手口から母親が現れ、木村の頭を平手で叩いた。道路を一本挟んでいるのに、頭を叩く音は奈央の耳元で聞こえた気がした。
母親はまた何事かを喚き、木村はビール瓶を抱えて、よたよたと勝手口へ入っていく。その間ずっと、自宅部分では赤ん坊が泣いていた。母子家庭のはずなのに、どうして赤ん坊がいるのかは分からない。その赤ん坊の何かを訴えるような甲高い泣き声を聞くうちに、奈央は何かが込み上げてきて、再び夕焼けの街路をとぼとぼと歩くうちに、自宅の子供部屋へと戻っていた。
子供部屋の床には、輪の形のままの電気コードが転がっていた。その電気コードを、折り畳みナイフで真っ二つに切断した。



















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