何度も書いては消しを繰り返して、四行しかないひとこと日記に、ドッジボールの件を記した。その生活ノートを、意を決して朝のホームルームで提出した。
一時間目から、授業内容などほとんど耳に入らなかった。どこかの段階で、安田先生に呼ばれるかもしれない。生活ノートを読んだぞ、楠木はこんなひどい仕打ちを受けていたのか、詳しく話を聞かせなさい。職員室に呼ばれるかもしれない。
でも何も起きないままに、帰りのホームルームを迎えた。いつも通り、奈央の手元に生活ノートは返却されてきた。
返却された生活ノートのページには…
すぐさま生活ノートのページを捲っていく。先生からのコメントは、赤字のフェルトペンでこう記されていた。
──昼休みにみんなでドッジボール、楽しそうですね!
ページを捲ってみるも、ページを戻ってみても、先生からのコメントはその一文だけだった。
もう教室に、自分の味方は誰もいない。一人で戦わなければならない。三学年へ進級するさいに、クラス替えはない。今はまだ二年生の一学期の六月で、卒業まであと一年十か月ある。一年十か月もの間このクラスで、一人で戦わなければいけない?
だとしたらわたしには、もう二つの選択肢しか残されていない。
木村を殺すか、わたしが死ぬか。
木村に刃物を向けるより、自分に刃物を向けたほうが、ずっと楽に今の状況から逃げられるんじゃないだろうか──。
その週の金曜日の下校中、奈央は通学路の坂道を上った先でふいに足を止めた。
昼過ぎまで、いかにも梅雨らしいにわか雨が降っていた。その雨はすでにあがって、雲間からは青空がのぞいている。
雨後の日光を斜めに受けて、道路沿いの畑でアジサイが咲いていた。赤色、青色、紫色が鮮やかに花開いている。通学路だから毎日通っているのに、今までアジサイなんて気にも留めていなかった。
近づいてよく見ると、アジサイは小さな花が寄り集まって、手毬のような一つの花房(はなぶさ)になっている。その花房の下の雨に濡れた緑の葉の表面を、小指の爪程の大きさのカタツムリが這っていた。カタツムリが這った場所だけ、滴(しずく)が伸びて細い線ができる。
奈央はそのカタツムリの殻に触れようとしたが、指先が触れるすんでのところで手を引いた。カタツムリは細い線を作りながら、ときに触角を動かして、せっせと葉の上を這っていく。そんなふうにアジサイやカタツムリを見たことは初めてだった。なぜそんなふうに自分の瞳に映るのかも分からなかった。



















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