翌日の土曜の夜、就寝前の奈央はある小瓶を握っていた。刃物を用いる方法は恐ろしかった。だからドラッグストアで、小瓶に入った咳止め薬を買ったのだ。三十六錠の白い錠剤を手の平にあける。十粒余りを口に含んで、水で流し込む。糖衣が溶けて、甘い水の味がした。その甘い水を三回飲んで、小瓶は空になった。
その後、学習デスクに向かって、両親と結衣に向けた手紙を書いた。花柄の便箋に、シャーペンで言葉を記していく。ひとこと日記は四行だが、手紙は十行で収まった。
両親と結衣に向けた手紙
──お母さん、お父さん、ここまで育ててくれてありがとうございます。十四歳というのは、長いようで、短いようで、ちょうどいいような、そんな人生でした。お父さんは血圧が高いので、塩分は控えてください。お母さんの作る餃子は、とても美味しかったです。
──結衣は絵がうまいから、きっとイラストレーターになれると思います。わたしのぶんも社会で活躍してください。
──ではさようなら。
奈央は手紙に、木村の件を書くかどうか迷った。「木村のことは絶対に許せません、復讐したいです」とでも記せば、木村へなんらかの懲罰が与えられるかもしれない。
でも結局、木村のことは記さなかった。どうしてか分からないが、奈央はその短い文章を、透き通った綺麗なものにしたかった。書き終えた手紙を三つ折りにして、学習デスクの抽斗にしまってベッドに入った。
これで眠るように楽になれるのだろうか──。
日曜日、奈央はいつも通り早朝に目覚めた。身体が鉛のように重く、ひどい眠気が残っていて、ベッドから立ち上がると足元がおぼつかず尻もちをついた。
でも数時間もすると、怠(だる)さと眠気は薄れていった。咳止め薬をいくら飲んでも楽にはなれないのだ。でも市販の睡眠薬は、十五歳以上じゃないと買えない。それに市販の睡眠薬で、楽になれるのかどうかも分からない。
次に思いついた方法は“電気コード”だった。実際、奈央は電気コードで輪を作って、ドアノブに引っ掛けて首を通してみた。コードが頸に絞まり始めると呼吸が浅くなり、あの重くてやわらかい体育マットにゆっくり肺を潰されていく感覚を思い出して脂汗まみれになって輪から頭を引っこ抜いた。輪になったままの電気コードを見つめながら、違う方法を見つけないといけないと思う。
午後、自宅近くにある、七階建てマンションの階段を上った。今年は猛暑になるのか、まだ六月だというのに気温は三十度を超えているらしく、七階に達するころには汗だくになった。



















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