下町ロケット、「リアル神谷弁護士」の知財人生 鮫島弁護士が説く「知財経営」の重要性

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――IBM入社後、すぐに司法試験の勉強を始めたのでしょうか。

いえいえ、転職してすぐの時は仕事も覚えなければなりません。何しろこれまでとは全く違う仕事ですから。だから、1年くらい経って、一通り仕事を覚えて落ち着いた時点で、まだ法律を体系的に学びたいという気持ちが消えなかったら、と思っていました。

――その気持ちは変わらなかったと。

あくまで法律を体系的に学びたいと思っていただけで、法律家を目指したわけではないのです。そのため最初は司法試験に挑戦しようとは思っていませんでした。

34歳で司法試験合格

――それではなぜ?

勉強には仲間が必要です。一番気合いを入れて法律の勉強をしている人たちがいるところというと、司法試験予備校だろうと。そこで、司法試験講座に通い始めたんですが、司法試験を受けるつもりはなかったので、しばらくは予習はせず復習だけしていました。でも、やってみたら、それだけで模試でけっこう上位に入れてしまったので、これなら行けるかもしれないと思い、挑戦することにしたというわけです。その頃になると、弁理士として出来ることの限界も感じ始めていて、弁理士は特許を取るところまでで終わりだけれど、特許を事業に生かす仕事もしたいと考えるようになっていました。

――弁護士になるとそれが出来るのではないかと考えられたと。

今でこそコンサルやベンチャーキャピタルなど、特許を事業に生かすための仕事はいろいろありますが、当時はよくわかりませんでしたから。

――働きながらの受験というのはかなり大変だったのではありませんか。勉強時間の確保が大変そうです。

IBMには24時間開いている図書館がありましてね。朝は始発に乗り、始業まで図書館で勉強してました。フレックスでしたので10時に出社すれば良かったので、朝だけで3時間確保し、昼は勉強してから昼食をとるようにしました。夜は集中力が落ちるので論点カード作りなど、比較的単純な作業に充てていました。

――会社は受験勉強に対し寛容だったのでしょうか。

外資系企業は仕事さえちゃんとやっていれば寛容です。知財部の仕事は基本的にデスクワークで出張もありません。受験勉強は規則正しい生活をすることが重要なのですが、当時のIBMの生活は受験勉強の環境としては非常に良好でした。

――合格までにどのくらいかかりましたか。

受験回数は3回です。この時点で34歳だったのですが、3回で受からなかったら受験はやめようと思っていたところでした。受験には気力も体力も必要で、それが充実している期間というのはそう長くは続きません。気力、体力が最も充実しているときに受からなかったら、そこで諦めないと人生を浪費してしまいます。

――2年間の司法修習を終えて、弁護士になったのが36歳の時。最初の事務所は知財訴訟では有名な事務所でしたが、1年未満で別の事務所に移籍しています。

方向性の違いを感じてしまったんです。私自身が企業出身だからよくわかるのですが、企業にとって訴訟は必要悪です。やらないで済むならやりたくない。もう一歩進めて、紛争にならないようにビジネスをやる、それを知財を用いて何とかしたいと。でも、どこの知財系の事務所でもやっているのは紛争処理で、そんなことをやっている事務所はありませんでしたから、自分でやるしかない。そんな志を常日ごろ周囲に話していた甲斐があって、友人が所属している法律事務所で特許の専門家を探しているからと、声をかけてもらえたんです。

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