「親ガチャに外れた」と嘆く若者が、転生小説『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』に惹かれる本当の理由
百合は、スーパーのパートと水商売で忙しいシングルマザーの母と折り合いが悪い。家庭の貧困状況から百合はずっと、周囲から同情されたり陰口を叩かれたりしてきた。さらに彼女は、学校の勉強や交友関係もあまりうまくいっていない。
そんな百合に母も怒りをぶつけてしまう。百合は「私だって望んで生まれてきたわけじゃない」と怒り、家出をする。そこで駆け込んで一夜を過ごした防空壕の跡地が、タイムスリップのきっかけとなる。
百合はある意味「親ガチャ」に外れた少女である。そもそも彼女は、自分のいる教室や家庭に苛立ちを覚えていた。だが意図せずタイムスリップしたことで、特攻隊員の想いを知り、現代の平和が貴重であることを理解する。
『あの花』は「親ガチャ」無効化小説である
……このあらすじだけ読むと、『あの花』はたんなるタイムスリップの話に思えるかもしれない。が、じつは本作は、日常を「現代→戦時中」と通過することによって、いまの自分のいる場所──つまり平和な日常──を異化させ、いま自分のいるスタート地点の価値を上げる、という構造になっている。
どういうことか。百合は、いまの生活のなかではスタート地点のガチャに外れているかもしれない。家庭環境が不安定で勉強が不得意である百合は、生まれのガチャを失敗しているとも言える。
しかし、現代ではなく戦時中の中学生(の年齢)と比較するとどうだろう。時代ガチャ大当たりである。食べ物に困らず、平和で空襲もなく、男性が特攻隊員にならなくてもいい世界だからだ。
百合は、タイムスリップ前は「毎日毎日、同じことの繰り返し。代わり映えのしない、平穏すぎてつまらない生活」とぼやいていた。
だがタイムスリップを経て、自分の生活を「たくさんの苦しみと悲しみと犠牲の上に築かれたこの新しい世界」と思うようになる。つまり、自分の「平穏すぎてつまらない生活」が変わって見えたということである。



















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