郵政株の今後は業績でなくバブルの行方次第 公開価格を抑える極めて合理的なIPO戦略

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そう。バブルになじみのある方は気付いたと思うが、IPOバブルとは半年の命なのである。上場後1カ月は上がる。3カ月上がる。半年ぐらいから怪しくなってくる。1年を超えると白黒はっきりする。その企業の株価が本物かそうでないか分かるのである。それは企業の業績によるものではない。

上場のために数字を作ってくる企業もあるから、上場後の決算でいきなり減益になる企業もある。そうなったら本当に終わりで、上場時にだまされた、ということになるのだが。IPO後の急騰が本物なら、ここでもそれほど値崩れはしていない。公開価格はもちろん、初値も上回っていることが多い。一方、株価が単にIPO直後のバブルに過ぎなかったところは、1年後の株価は初値を下回る。あるいはその後の1カ月水準には及ばなくなる。

IPOバブルだけで儲けてやろう、公開で当てて初値で売り抜ける、あるいは初値で買ってその後の乱高下で儲ける、そういったバブルトレーディングの投資家ではなく、ある程度の期間、1年以上保有してリターンを出したいと思っている投資家であれば、この1年後の価格を気にする。そして、彼らは一応、業界ではまともな投資家だと思われており、彼らの意見は、その後の市場の価格に大きな影響を与える。

関係者がみなハッピーになる公開価格

したがって、公開価格は割安にしておくに限るのである。創業者も経営陣も、どうせすぐには株を売れない。一生売れない場合もある。相続することになる。その場合は、公開価格で売り出す5%の株式の価値なんてどうでもよく、残された50%超の株式の時価総額が重要なのである。だから、長期に価格を維持することが必要だ。それには、まともな投資家たちに見放されないよう、公開価格は抑えておく。投資銀行は公開価格で優良顧客に株式を回すことにより利益を得、そういう投資銀行に気に入ってもらうという下心もある。公開価格は安くないと、みながハッピーにならない。

郵政の場合はどうか。政府は早く売り切りたいという意向を持っているが、今売っているのはたった10%である。それは市場の需給を壊さないように、株式市場全体のために、と言っているが、それもあるが、要は、今後の売り出し価格を引き上げたいからなのである。

今回は、個人投資家、それも超初心者が殺到した。10%に絞ったことで、彼らのバブル的な行動をあおった面もある。かんぽ生命の上昇はそうだし、日本郵政は、ガバナンス構造からして、将来の株価には疑問符がつくが(ガバナンスの議論はまた別のところでしよう)、かんぽ、ゆうちょ銀行の株価上昇によって、保有株の価値が上がったという理由で、初日の午後には大きく(遅れて)上昇した。

IPOバブルは、全体の雰囲気も影響する。株式市場全体が盛り上がっていると、バブルの度合いも激しくなる。これは当然だが、そういうときにもちろん上場は殺到する。郵政は、ぎりぎり間に合った、ということだろうか。今後の株式市場全体の見通しは意見が分かれていると思うが、売り出す立場からすれば、とにかく早く売り切りたいということだろう。

そのためにも、ここ数年の上場基調は維持しなければならず、初回、上場時の売り出し価格は低く抑えることが戦略的に有効であり、低く抑えたからには、あまり売り出してしまうのはもったいなく、株式数を絞って上場し、さらに、これがバブルを加速することになる。

今回のIPOパズル、公開価格が安すぎたのはなぜか、というのは謎でも何でもなく、極めて戦略的で合理的なのである。そして、ここまで書いてきて言うのも何だが、関係者は、こんなことはみな知っている。今後の郵政関連株の株価の行方は、業績やこれからの成長シナリオ次第ではまったくなく、上場、売り出し戦略と需給によるバブルの行方にかかっている。

小幡 績 慶應義塾大学大学院教授

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おばた せき / Seki Obata

株主総会やメディアでも積極的に発言する行動派経済学者。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現・財務省)入省、1999年退職。2001~2003年一橋大学経済研究所専任講師。2003年慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應義塾大学ビジネススクール)准教授、2023年教授。2001年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。著書に『アフターバブル』(東洋経済新報社)、『GPIF 世界最大の機関投資家』(同)、『すべての経済はバブルに通じる』(光文社新書)、『ネット株の心理学』(MYCOM新書)、『株式投資 最強のサバイバル理論』(共著、洋泉社)などがある。

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