「不純物を取り除く」と発言した台湾・頼清徳総統の大問題。野党「排除」も失敗し、求められる対話の姿勢と「想像力」
ここでいう「蔡英文路線」とは「現状維持」路線を指す。つまり、民主主義と法治の強化、2016年の先住民への謝罪や2019年の同性婚合法化に象徴される人権・多様性の尊重、そして対中関係では、一貫して慎重な姿勢を保ちながら「現状維持」を強調する一方で、「中華民国台湾はすでに主権を有する独立国家である」という立場を堅持し、中国が主張する「一つの中国」原則に同意したとする「92年コンセンサス」は認めない、という方針である。
では、頼氏が蔡英文氏の「現状維持」路線を本当に継承しているだろうか。就任から1年を過ぎた今、むしろ頼氏独自の現状維持路線へと変化しつつあるように見える。
例えば、2024年10月の演説では「中華人民共和国は中華民国の人々の祖国にはなりえない」と語った。これは、行政院長時代に「私は実務的な台湾独立主義者だ」と述べていた頼氏が、中華民国の総統として法的・歴史的根拠を踏まえて台湾の主権を論理的に強調したものである。
頼政権下で内向きに進む政策や発言
しかし今年3月には「中国は境外の敵対勢力」であるとし、一歩踏み込んだ表現となった。台湾内部では、中国による浸透工作や世論操作への警戒が強まり、軍事裁判制度を復活させ軍人によるスパイ案件を特別審理する方針が打ち出された。また、中国出身で台湾在住のインフルエンサーがSNSで武力による台湾統一を扇動したとして、国外追放され、言論の自由の範囲と政府の権限をめぐる議論が巻き起こった。
民進党は2016年から3期連続で政権を担っているが、蔡英文氏を支えた人材と頼清徳氏を支えている人材は大きく異なる。台湾社会には1つの党による長期政権への警戒感が根強く、頼氏が2期目にまだまだ人気があった蔡英文路線の継承を選挙で前面に出していた背景にはこの事情がある。
しかし、この1年強の発言や施策を見れば「安全運転」では徐々になくなり、蔡英文政権時代の経験が十分に継承され生かされているとは言いがたい。加えて、蔡英文氏は学者出身で民進党歴も浅く、もともと無派閥の人物であった。
一方頼氏は民進党の最大派閥(新潮流派)出身であり、総統就任後に自ら派閥から離脱したが、民進党に対して不信感をもつ最大野党・国民党や第2野党・台湾民衆党を支持する有権者層の目には頼氏が「典型的な民進党政治家」としか映らない。
こうした背景や頼氏への見方は、頼氏が演説の中で目立ついくつかの「失言」とその発言の「タイミング」の悪さにも象徴され、助長されているように思われる。
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