185系、最後まで残った「国鉄型特急電車」の記憶 風格はイマイチでも「踊り子」や「新特急」で頭角
長年、1両の廃車もなく活躍を続けた185系も、2014年以降は廃車が発生し、2021年3月には「踊り子」から撤退して定期運用を終了した。鉄道ファンの間では廃車を惜しむ声が上がり、185系による団体臨時列車や、電車区などでの撮影会も行われたが、ついに2024年12月15日をもってすべての運用を終えた。
廃車が進んできたころ、無性に185系の「踊り子」に乗りたくなった。時はコロナ禍真っ只中の2021年の年明けで、外出もはばかられる世相の中、東京―修善寺間の「踊り子」の旅を試みた。車内やホームの撮影があるのでJR東日本横浜支社に取材申請をしたところ「お客様を写さないこと」で承認を得た。ただ、当時の修善寺行き編成の指定席は1両に筆者ひとり、自由席も7~8人とお客様を写したくても無理なほどで、コロナの影響をもろに受けていた。

185系最後の旅
東京駅で大船軒のサンドウィッチを買って湘南の旅を盛り上げるも、ひとりだけの車内はコロナ禍の時期にお叱りを受けているような気分。だが、根府川辺りの湘南の海を独り占めにした気分は爽快だった。
熱海で伊東線から伊豆急下田に至る編成と分割し、修善寺行き編成は加速して丹那トンネルに突入。三島では本線から伊豆箱根鉄道駿豆線への渡り線に入る。窓の開く185系ではその様子を子細に見ることができた。駿豆線に入ると車窓後方には新雪を頂いた富士山が見え、まもなく湯の街「修善寺」に到着した。

この日は修善寺から小説の『伊豆の踊子』コースを路線バスの乗り継ぎで下田へ至り、伊豆急下田からは「サフィール踊り子」のプレミアムグリーン車を奮発したが、東京までの乗客は筆者と中年女性の2人だけだった。これが筆者の185系「踊り子」の最後の旅だった。

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