「日本経済は緩やかな回復を続けており、2%の『物価安定の目標』の実現に向けた道筋を順調にたどっています。もっとも、そうした中で、『人手不足』や『供給制約』といった供給力の問題が議論されることが多くなってきました。その背後にある潜在成長率の低下は、これまでも日本経済の課題として意識されてきたものの、需要が弱かったため、むしろ『余剰人員』や『過剰設備』が目先の問題となっていました。ところが、この1年ほどの間に状況が変わりました。大規模な金融緩和、財政支出、民間活動の活性化によって需要が高まってきた結果、水面下に隠れていた供給力の問題が顕現化してきたのです。こうした状況のもとで、中長期的な観点から供給力を強化することが重要だという認識が広がってきたように思います。このように、実際に問題として顕現化してきた今こそが、課題の克服に向けた取り組みを進めるチャンスです」
つまり、デフレもデフレマインドももはや問題ではなく、日本経済の問題は供給力にある、と当時の黒田総裁は認識していたのだ。では、なぜ、異次元緩和を最初の2年という約束を破って延長しただけでなく、さらに「黒田バズーカ第2弾」と呼ばれるほど、異次元緩和を拡大したのか。謎以外の何物でもないが、理屈はどこにもない。日本銀行の金融政策はどの観点からも、どのような立場の論者からも意味不明となったのである。2度目は自爆テロであった。
「世間から非難されるのは嫌だ」と告白した日銀
3度目の伏線については前出のとおり、2024年8月7日に日銀の内田眞一副総裁が、北海道函館市で開いた金融経済懇談会で「金融資本市場が不安定な状況で利上げをすることはない」と述べたときだ。日銀は7月31日に利上げしたばかりであり、債券市場は落ち着いていた。為替は動いていたが、それならば、金融資本市場とは言わない。金融市場という言葉を使う。要は、株価だ。つまり「金利は株式市場次第」と、自ら株式市場に魂を売ってしまったのである。これは前代未聞の失策だ。
なぜ、こんなミスをしてしまったか、というと、株価が8月5日に暴落して、日銀のせいにされたが、それは違う、俺たちは株価には絶対逆らわない、として、攻撃を回避することに必死だったからである。攻撃とは、株式トレーダーたちでもあったが、本当に逃げたいのは、世間からの攻撃だった。世間から非難されるのは嫌だ、という告白をしてしまったのである。
これは死を決定づけた。プロフェッショナルとして、世間体が最優先、怒られたくない、というのはありえない。しかし、ある日銀OBも、メディアの解説で「利上げはできるかどうか」、という質問に対して「今なら株価も高いし、円安が問題視されているから、少々円高になっても、政治や世間に怒られなくて済むから、可能だ」などと、当たり前のように発言することが何度もある。
つまり、それは日銀のいわば常識となってしまっているのである。政策プロフェッショナルとしての矜持も捨ててしまったのである。2度の死により、すでに地獄の入り口に立っていた日銀は、悪魔に魂を売り渡して、地獄に行くことだけは避けたのである。
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