VWとBMW、排ガス規制問題「不正」の境界線 「二兎を追う」は都合がよすぎた

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事実として、欧州に拠点を置く「トランスポート&エンバイロメント」の調べでは、欧州での規制が「Euro3」から「Euro5」へと規制が進むに従って、NOxの規制値は0.5g/kmから0.18g/kmへと下げられていて、すべての車両が適合しているものの、実際に走行して測定すると、1.0g/kmから0.8g/kmしか下がっていない。

Euro6に進んだことで、実走行での排出ガス(リアルドライブ・エミッション)は0.6g/kmへと低められたが、規制値と実際の排ガス測定値では1ケタの開きがある。環境団体の指摘どおり、どんなふうに走っても排ガスがきれいなのにこしたことはない。が、排ガスをクリーンにするにはコストも開発費もかかるので、自動車メーカーとしては試験モードをクリアすればよいとするしかない。

BMWのディーゼル車も問題視はされていたが

とはいえ、ヨーロッパでも規制値と実際の排ガスの値が離れていることは問題視されており、2017〜2020年にかけてリアルドライブ・エミッションを低減する方針をすでに打ち出していた。つまり、VWと同じく、NOxの実測値が高いと指摘されたBMWのディーゼル車については、排ガスの試験モード以外では規制値以上の排ガスを出していることは欧州では周知の事実だった。このことは「正義」とは言いがたいが、違法プログラムを積んでいないのであれば「不正」ではない。

わかりやすいように、燃費テストを受験に喩えてみよう。VWの場合、双子の弟は運動神経がいい(走行性能が高い)けれど、実は大飯ぐらい(燃費性能の悪化)で、テストは落第点(排ガス規制をクリアできない)だ。そこで、優等生の兄が試験を受けて合格した。これでは替え玉受験だから、不正であり、違法だ。

BMWの場合、自らの主張どおりに違法プログラムを積んでいないのであれば、本人が受験しているのだから、違法ではない。しかし、入学試験に合格したものの、受験科目にない教科、たとえば、私立文系に合格した大学生が微積分の問題が解けないのはダメだ!と指摘されているようなものだ。受験科目以外で高得点を取れないのは仕方ないことだけれど、いざ、大学に入ってみたら微積分も必要だと感じたので、いま勉強中というのがヨーロッパにおけるディーゼル車の排ガス規制の現状だ。

現時点における結論としては、VWがディーゼル車に違法なプログラムを搭載し、試験モードを検知したときに限って、走行性能や燃費性能を犠牲にしてでもNOxを減らすようにエンジンの制御を切り替えていたことが事実であれば、不正である。「走り・燃費」と「低水準の排ガス」。二律背反する要素を両立させたかったのかもしれないが、それはあまりにも都合がよすぎた。

これまでVWの技術担当役員にインタビューすると、「技術の民主化」という言葉を頻繁に耳にした。高級車にしか積まれないような先進的な安全装備や、燃費と走りを両立したエンジンなどを、手が届く価格帯のモデルに搭載して、多くの人に届けてきたという自負が彼らにそう言わせていたのだろう。そうしたVWの姿勢が、世界中で多くのファンを生んで、強いブランド力をつくり上げることで、わずか10年で販売台数を1000万台超までに伸ばすという結果を生んだ。

しかし今回、ブランド・イメージが揺らいでいる。根強いファンが支えてはいるが、CARBとEPAの発表に加えて、米司法省まで刑事事件として調査しているという事態は、深刻に受け止めなければならない。

VWのアメリカでのディーゼル車販売台数は50万台弱。世界一まで手が届くところまで来ておきながら、ここで足元を救われることになるとは、誰もが考えていなかったことである。しかしながら、VWほどの技術力を持つ自動車メーカーにおいて、誰一人として疑問を持たずに違法プログラムを搭載したのかと考えると、甚だ疑問だ。意思決定の過程のどこかに、関わった人たちに「不正を正義だ」と思わせるレトリックが潜んでいたのかもしれない。

川端 由美 モータージャーナリスト
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