ジョブズの「心に従え」はホントに正しいのか?、"自分探し"が止まらない人々が陥る《自己啓発の罠》、永遠に見つからない答えを探して

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「本当にやりたい」と思っている内容が、時期によって変化することを織り込んでいることが、『弱キャラ友崎くん』の言葉を真に迫ったものにしています。

心から「本当にやりたい」と思っていても、それは簡単に変化します。知識や経験が少なく、想像できる範囲が狭いときは特にそうです。

自己啓発文化は、「本当にやりたいこと」がたった一つの真実としてどこかに必ず定まるはずだと暗に想定していますが、そのような見解は、自分の多様性を押し殺すだけでなく、こうした時間的変化の可能性をなかったことにしています。

このことを考慮すれば、「自分の心に従う」ことがいつでも適切なわけではないというのは確かでしょう。

ジョブズの本当の人生を考えてみると…

それに、スティーヴ・ジョブズについてよく知る人なら、彼が当初は Apple やコンピューティングにそれほど情熱を感じていなかったことを知っているはずです。

当時のジョブズが「本当にやりたかったこと」は、日本に来て禅の僧侶になることで、当初は仲間のスティーヴ・ウォズニアックに誘われてしぶしぶ起業に取り組んでいました。

だから、彼のテクノロジーへの情熱が花開いたのは、実際に仕事に取り組んだ「後」なのです。

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ジョブズ自身、実際には、他者の視点をノイズとして排除したわけでも、「自分の内なる声に従って」キャリアを決めたわけでも、自分の内面にだけ関心を向けて天職に出会ったわけでもありません。

彼のスピーチがどれだけ心揺さぶるものだったとしても、彼の実人生を踏まえて話を聞いたほうがいいはずです。

書店で売れがちな自己啓発本のタイトルを見ればわかるように、キャリアや人生、家族、人間関係に関わる悩みに対処する際に、私たちは、「自分の内面」「自分の心」に悩みの答えを求めようとしがちです。

しかし、この処方箋は実状に即しているわけでも、それほど役に立つわけでもありません。

谷川 嘉浩 哲学者

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たにがわ よしひろ / Yoshihiro Tanigawa

1990年生まれ。京都市在住の哲学者。

京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。現在、京都市立芸術大学美術学部デザイン科講師。

哲学者ではあるが、活動は哲学に限らない。個人的な資質や哲学的なスキルを横展開し、新たな知識や技能を身につけることで、メディア論や社会学といった他分野の研究やデザインの実技教育に携わるだけでなく、ビジネスとの協働も度々行ってきた。

単著に『鶴見俊輔の言葉と倫理:想像力、大衆文化、プラグマティズム』(人文書院)、『信仰と想像力の哲学:ジョン・デューイとアメリカ哲学の系譜』(勁草書房)。共著に『読書会の教室』(晶文社)、『ゆるレポ』(人文書院)、『フューチャー・デザインと哲学』(勁草書房)、『メディア・コンテンツ・スタディーズ』(ナカニシヤ出版)、Neon Genesis Evangelion and Philosophy (Open Universe)、Whole Person Education in East Asian Universities (Routledge)などがあるほか、マーティン・ハマーズリー『質的社会調査のジレンマ:ハーバート・ブルーマーとシカゴ社会学の伝統』(勁草書房)の翻訳も行っている。

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