2012年のPISA調査では、日本の中学卒業レベルの読解力はOECDに加盟する34カ国中1位でした(最新の2022年調査では加盟国37カ国中2位)。
それなのにRSTの結果、正しく読めている子どもが少なかったわけです。PISAの順位が高い日本でこういう結果だったということは、子どもが教科書を正しく読めていないことは、世界的な問題なのかもしれません。
今は阿吽の呼吸が通用しなくなった
これほどまでに活字を使う時代、過去にはありませんでした。僕が新聞記者だった20年以上前、読者からくるはがきの文章は本当にひどかったです。
考えてみると、80年代、90年代はインターネットやパソコンは一般には普及していませんでした。編集者やライターではない一般の人が、日頃文章を書く機会は感想文か手紙くらいですよね。連絡は全部電話でした。
そう考えると、四半世紀くらいの間にSNSのみならず、メールやプレゼン資料や企画資料や報告書や……ありとあらゆる文章を書くことが必要になってきましたよね。その結果、このRSTで測れるシン読解力の格差が浮き彫りになってきたのだと思います。
言葉でしゃべって、音声でやりとりして、“阿吽の呼吸”だと言っていた時代は、そもそも社会全体があまり仕組み化されていなかったので、コミュニケーションも臨機応変に人力でなんとなく埋めている部分があったのだと思います。
臨機応変の社会では、一人ひとりの能力の格差は表れにくい。これが、仕組み化、システム化されていくと、その能力の差が顕在化しやすいわけですよね。
会社組織で今の管理職が悩んでいるのは、この顕在化してきた能力の差です。この能力の差こそ、リーディングスキルの差、つまりシン読解力の差であり、文章をちゃんと読解できていない人が大量に現れてきていることも、背景の事情として関係しているのではないかと思うんです。
例えば、自分のチームに10人の部下がいると、どうしてもその仕事に「向いている人」「向いていない人」というのが出てきてしまう。
臨機応変の時代だったら、そこを周囲がカバーして誤魔化してきたけれども、ジョブやタスクが明確に分かれるようになった今、個人でできないことが明白になってしまいます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら