お金と病気で苦労続き…ついに自殺未遂まで! 「ドン底」だった82歳を救った意外なモノ。「年金たった3万・ほぼ寝たきり」からの大逆転劇

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斉藤さんは一層、「がま口バッグ」の製作にのめり込み、技術もみるみるレベルアップ。

これならどこに出しても恥ずかしくないレベルまで達したと感じた千里さんは、「少しでも収入の足しになれば」と、手作り品の販売サイトなどに出品した。だが、材料費と“とんとん”の金額になるまで値段を下げてもまったく売れなかった。

突如訪れた、大逆転の奇跡

ついに、斉藤さん一家の運命を変える瞬間が訪れた。

それは2020年7月のこと。Twitter(現X)に、斉藤さんと「がま口バッグ」の写真を投稿すると猛烈な勢いで拡散され、14万件の「いいね」が。いわゆる“大バズり”したのだ。

SNSへの投稿を勧めたのは、千里さんの長男(当時18歳)。バッグがなかなか売れないことを息子さんに相談すると、「この歳でミシンを始めたおじいちゃんはすごい。SNSを使えばもっと広がるよ」と、アドバイスをくれたのだ。

千里さんは当初、SNSを使うことに抵抗感があったが、息子さんは「絶対にやったほうがいい」と、早速アカウントを作成。その強い思いに後押しされる形で、アカウント名を「G3sewing(じーさんソーイング)」と名付け、発信をスタートさせた。

82歳でミシンを始めたおじいさん(G3=じーさん)がかわいいバッグを作っている。そのギャップと斉藤さんの飾らない言葉が多くの人の心をつかみ、全国から注文が殺到した。

「ものすごい数のDM(ダイレクトメッセージ)が来て、大パニックになりました。でも、息子が冷静に交通整理をしてくれて、注文フォームまで作ってくれたんです」(千里さん)

Twitterの投稿
Twitterで大バズりしたときの投稿写真。ランニングシャツ姿の斉藤さんと、がま口バッグのコントラストに注目が集まった(写真提供:「G3sewing」)

最初に届いた注文は、800件。だが、大量注文の事実については、斉藤さんにはしばらく黙っていた。父の性格上、待っているお客さんのために頑張りすぎてしまうと考えたからだ。

2カ月が経った頃、実際の注文数について打ち明けたところ、案の定、翌日から1日13個(いつもの倍以上)作り、寝込んでしまった。

そこで家族内できちんと役割分担を決め、受注や生産の体制を整備。孫たちも含めた家族総出で製作にあたり、800件もの注文の品を約1年かけて届けた。

苦労をかけた妻に指輪をプレゼント

「G3sewing」に初めてまとまった収入が入ったとき、斉藤さんは陽子さんにこう尋ねた。

「お前の好きなもん、何か買うたる。何がええか?」

すると、陽子さんは「指輪が欲しいわ」と答えた。千里さんは「家電とかもっと実用的なものがええんちゃう?」と説得したが、陽子さんは譲らなかった。

当時の心境について、陽子さんは「結婚指輪が擦り切れちゃったから新しいものが欲しかったのもあるけれど。一番は、お父さんの気持ちが欲しかったんよ(笑)」と、屈託のない笑顔を見せる。そばで聞いている斉藤さんは終始、照れ笑いだ。

妻の陽子さんと
「結婚会見みたいやなぁ」と、指輪を見せてくれた陽子さん(83歳)。太陽のような明るさで、どんな困難の最中も家族を守り続けてきた(筆者撮影)

「家族には苦労ばかりかけてきたから、今は自分が稼いだお金でおっかぁにパーマ代出してあげたり、孫たちにお小遣いあげられたりするのが嬉しいね。

でも、お金をもらいたくてミシンを始めたわけやないよ。とにかく何もないところからモノが出来上がっていくのが一番楽しい。がま口の金具はめるときも達成感があって、昔テレビを組み立てとったときを思い出すよ」

そう、にこやかに話す斉藤さんだが、病気は依然、抱えたまま。数年前にリウマチを発症し、手が痛んで休み休みの作業になることもある。あちこち痛いが、斉藤さんの心は元気だ。

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「仕事してると、病気のことを忘れられる。朝起きて、やらなあかん仕事があるって、ホンマにありがたいことやね」(斉藤さん)

「斉藤さんの生きる姿に勇気をもらえました」「ご家族のファンです。応援しています」――。商品を買ってくれたお客さんからの、御礼の手紙や応援のメッセージが次々と届く。

斉藤さんはそれらを「ラブレター」と呼び、一枚一枚大切に目を通す。他にも地元の名産品をはじめ、斉藤さん夫婦を描いた似顔絵や手作りの品まで送ってくれる人もいる。

「バッグ買ってもらって、こっちが励まされとるのにね。『ありがとう』って言わなあかんのは、こっちやのにね」(斉藤さん)

82歳でミシンという相棒とめぐり合い、ようやく本物の生きがいを手に入れた。別人のように生まれ変わり、家族の人生までも大きく変えた。死ぬことばかり考え、ベッドに横たわっていた、あの頃の斉藤さんが想像もつかないような未来を今、生きている。

【次の記事】「やっぱり生涯現役がいい」、引退宣言を3日で撤回した《87歳のバッグ職人》。娘は「仕事を取り上げたらあかん」と実感するが葛藤の日々

伯耆原 良子 ライター、コラムニスト

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ほうきばら りょうこ / Ryoko Hokibara

早稲田大学第一文学部卒業。人材ビジネス業界で企画営業を経験した後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に。就職・キャリア系情報誌の編集記者として雑誌作りに携わり、2001年に独立。企業のトップやビジネスパーソン、芸能人、アスリートなど2000人以上の「仕事観・人生哲学」をインタビュー。働く人の悩みに寄り添いたいと産業カウンセラーやコーチングの資格も取得。両親の介護を終えた2019年より、東京・熱海で二拠点生活を開始。Twitterアカウントは@ryoko_monokaki

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