中国化か江戸時代かがつねに日本史の対立軸--『中国化する日本』を書いた與那覇 潤氏(愛知県立大学日本文化学部准教授)に聞く

 皇帝を支える官僚は科挙により能力本位で選ばれ、男性なら誰でも受験できる開かれた競争システムだった。農村にも貨幣経済が浸透し、人口は大都市へと流動化。貴族による荘園経営は崩壊し、身分制は消えた。地域や職能による結び付きは弱まり、政治も経済も個人のネットワークで動く。今のグローバル化が求める社会像と、かなり共通性が高い。

──逆に対極にあるのが、江戸時代に完成した日本型社会だと。

農村をベースとする地域共同体の結束が強く、身分に基づく就業規制で市場競争から守られる。何らかの集団に属し、強い束縛を受ける代わり、食べていくことは保証されるというシステムだ。新卒一斉採用や終身雇用など「一回勝負して、どこかに潜り込んでしまえば安全」な戦後の企業社会は、その現代版だった。

──日本は「中国化」の影響を受けつつも、つねに反発してきた。

中世初期が「中国化」の第一のピーク。中国銭を輸入して市場を活性化し、封建領主の既得権を切り崩して自身への権力集中を目指した、平清盛・後醍醐天皇・足利義満などが代表的な「中国化」勢力。しかし、農村支配に依拠する守旧派に阻まれて、いずれも短期政権で終わった。

16世紀末の中国に新大陸の銀が流入し、日本への銭輸出が激減すると、日本人は中国銭経済から切り離された。この時期に成立したのが徳川幕府で、新田開発で稲作を全国に普及させ、「家職さえ守れば最低限食べられる」身分制社会を作った。これが現在の日本社会のベースだ。

「中国化」の2度目のピークが、実は明治維新。西洋化だという色眼鏡を外して、維持不可能になった幕藩体制を中央集権に再編する「中国化」と見るほうが、たとえば天皇の皇帝化にしてもすっきりわかる。そして第三のピークが冷戦後、まさに私たちが直面するグローバル化だ。 

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