もう一つの可能性は、米国経済は堅調でも、インフレ率が上がらないケースだ。失業率の低下は続いており、インフレ率はいずれ上昇するとFRBは考えている。実際、賃上げしないと新規採用できないという話は、多くの米国企業から聞こえる。21~25歳の賃上げ率は前年比4%ぐらいにまで上がっている。
しかし、モノの値段は明らかに下がっている。コモディティ価格が下落し、ドル高で輸入物価が低下しているからだ。さらにITやロボット、人工知能の活用が進み、既存の労働者の賃金上昇ペースを抑えている。
米国ではUberというネットを活用したタクシーサービスの利用者が増えているが、正規のタクシー料金よりも数十%安く、既存のタクシー業者と激しい価格競争になっている。ニューヨークの高級百貨店では、服を試着した女性がその百貨店では服を買わずに、スマホで安い店を探して購入する、といったことが一般化している。eコマースとリアルの店舗の価格競争は日本よりも激しい。
FRBが法律で要求されている使命、「雇用の最大化」と「物価の安定化」からすると、物価が上がりにくいと、利上げを正当化しづらい。
利上げがなければ、黒田総裁が追い詰められる
このようなリスクシナリオが現実化すると、窮地に陥るのが、日本銀行の黒田東彦総裁とECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁だ。二人とも、イエレンFRB議長の利上げ頼みで、金融政策を行っている部分がある。イエレン議長が利上げを進めてくれれば、スローペースであっても、金利差からドル高が進む。円とユーロは安くなるから、日銀もECBも追加緩和はせずに様子を見ておくことができる。
が、イエレン議長が利上げできない、もしくは数回の利上げで打ち止めにして、今度は利下げか、という展開になると、日本や欧州でも追加緩和への期待が一段と高まる。特に日本は、追加緩和のカードが潤沢ではない。
これ以上の本格的な追加緩和となると、金融政策の限界を早々に迎えることになる。黒田総裁は9月17日の会見で「米国の利上げは日本経済にとってもプラスだ」と発言したが、これは日銀としても追い詰められずに済むという本音をのぞかせたものだろう。
(「週刊東洋経済」2015年10月3日号<9月28日発売>「核心リポート04」を転載)
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