御上先生"ただの学園モノじゃない"圧巻の見応え これまでの学園ドラマとは一線を画している

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そんな本作の特徴は社会性の高さだ。

学校教育の現場を映しつつも、それを取り巻く官僚組織や学校運営における、子どもたちをないがしろにした大人の事情による不寛容で理不尽な社会を、物語の主軸に置いている。社会問題に切り込むシリアスな社会派ドラマの側面が強いのだ。

本作がテーマにするのは、社会を変えるための闘いだろう。それを高校生たちを通して描くことで、状況や立場は違っても同じような局面に立つ大人たちに、客観的な視点を投げかける。

御上先生 TBS 西岡壱誠
『御上先生』©︎TBS

父親が新聞記者であり、高校の報道部の部長でジャーナリスト志望の神崎拓斗(奥平大兼)は、高校の学校新聞で教師同士の不倫を暴き、彼の信じる社会正義を遂行する。しかし、御上が現れたことで、自分のしたことの意味とそこから先に起こったことを考えるようになる。

そして、起こった事象の裏側を推し量り、そこにある真実を求めるようになる。もし間違いがあればその責任は自分にあり、それを正す義務があることを自覚する。

そんな高校生の姿は、根拠のない無責任な匿名の発言や、悪意が渦巻くSNSの発信者、一方的な記事が人の人生を変える強力な力を持つ社会正義となった週刊誌報道へのアンチテーゼであり、それらの情報を鵜呑みにして疑わない世間への警鐘ではないだろうか。

視聴者に客観的な視点を投げかける

また、第3話で御上は、中学校教師だった親が文科省の通達が原因で職を失い、家族が離散した生徒に対して、「社会を変えるために問題を提起したいのか。謝ってほしいだけなのか」と問いかけた。

そこには昨今の頻発するネット炎上に対するメッセージもあるだろう。理不尽な事柄に声を上げるのは間違っていない。ただ、その目的が謝罪だけでいいのか。社会を変えなければ何も変わらない。そんな本質も示している。

こうした御上による生徒への示唆のすべてが、視聴者に自らの行動や周囲の状況をドラマに投影して客観視させようとしており、そこから考えを促そうとする制作側の意図が感じられる。

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