イーロン・マスクに敗れた「カラ売り屋」冬の時代 長期の上げ相場という逆風、放置されるイカサマ企業
確かに同社のリサーチは詳細を極め、またカラ売り対象企業から訴訟を起こされることも少なくなかった。総勢11人程度の会社にとって、そうした手法で75以上のカラ売り案件を手がけるのは負担が大きかっただろう。バーンアウト気味になって、もう少し落ち着いて生活なり仕事なりをやりたいと思ったとしても不思議ではない。
ただ仕事が大変であるのなら、人を増やせばある程度解決するはずなので、労力のわりには儲からなかったという事情もあるのではないかと筆者は見ている。
ヒンデンブルグだけでなく、このところカラ売り勢の市場からの撤退が相次いでいる。
たとえば2014年に設立され、同年から2020年まで年平均30パーセントという好収益を上げ、百貨店チェーンのJCペニーや再生エネルギー企業のサンエジソン社などを売り倒し、2021年時点で125億ドルの資産を運用していた、ニューヨークのメルヴィン・キャピタルは、2022年6月に廃業した。
また2001年に全米最大のエネルギー企業、エンロンの粉飾決算を見破って名前を轟かせたジェームズ・チェイノスも2023年12月に廃業した。
同氏は2010年から中国の不動産市場の崩壊を予言し、2020年には中国の瑞幸咖啡(ラッキン・コーヒー)やドイツの決済サービス・システム会社ワイヤーカードのカラ売りでも成功した業界の代表格だ。しかし、2008年に60億ドル(約9360億円)あった同氏のファンドの運用資産は、カラ売りの不振と顧客離れで、直近で2億ドル未満まで減っていた。
長期の上げ相場という地獄
カラ売り勢撤退の最大の要因は、下がらない株式相場だ。
アメリカの代表的な株式指数であるS&P500は、リーマンショック後の2009年3月から今日までの約16年間、ほぼ一貫して上がり続け、676ポイントから6101ポイントへと約9倍(年率14.7%)になった。
カラ売りは、買いに比べてリスクの高い投資手法だ。買いの場合は、最悪でも投資した金を100%失えば済むが、機関投資家などから株を借りて売るカラ売りの場合は、株を返すために高値でも買い戻さなくてはならないので、株価が9倍になれば900%の損が出る。
カラ売りした株の価格が上がった場合、即座にカラ売り屋を直撃するのがマージン・コール(追加証拠金差し入れ義務)だ。
これはFRB(アメリカ連邦準備制度理事会)の規則で、カラ売り実行時には、カラ売りした額の150%の証拠金差し入れが義務付けられており、その後も買い戻しに必要な額を100%程度カバーする証拠金を維持しなくてはならないからだ。株価が9倍になれば、必要な証拠金の額も9倍に膨れ上がる。
当然、借株料も払わなくてはならない。借株料は、流通量の多い一流銘柄なら年率0.4~1%だが、株価に影響を与えるコーポレートアクション(株式分割、合併等)や悪材料で需給が逼迫した場合は5~10%、あるいはそれ以上になる。
また借株取引が決算期をまたぐ場合、配当相当額を株の貸し手に払わなくてはならない。しかし、借りた株はすぐに市場で売ってしまっているので、カラ売り屋は企業から配当はもらえず、株の貸し手に払う配当相当額は、丸々赤字になる。
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