悪いのは私じゃない症候群 香山リカ著
「うつ病」という診断自体を下すこともなかった。著者が精神科医になったのは1980年代半ばだが、10年以上「うつ病」と診断書に書いたことはなかったそうだ。患者が「会社にうつ病と知られたら、クビになるか一生、出世できないか」と頼まれて「自律神経失調症」などの病名にしたそうだ。
2000年代に入ると「心の病」に対する理解が革新的に進み、うつ病が特殊な病気ではなく、誰もがかかる“心の風邪”と考えられるようになった。この時期は「働く側と雇う側、そして精神科医の蜜月の時期」だった。この幸せな時期は長く続かなかった。
著者の印象としては、2005年頃。小泉自民党が総選挙で圧勝した年に変化が起こった。小泉自民党と日本の精神風土に関わりがあったかどうかはともかく、この頃に日本の組織文化が変質していったという指摘は正しいように思える。
そして職場にもモンスターが生まれる。会社のトップに直接メールを送り、上司や人事担当者、産業医に理解がないことを訴える新型うつ病患者が登場した。そしてトップはこのメールの内容を信じ込み、上司や人事担当者を責めた。責められる立場に追い込まれた上司と人事責任者は次々と不眠、食欲不振、頭痛、胃痛を訴えるようになった。
新型うつ」とは、これまでの「うつ病」のイメージと異なり、「うつ病で休職中であるにもかかわらず、海外旅行に出かけたり、自分の趣味の活動には積極的な人」、「うつ病なのに自責感に乏しく、他罰的で、なにかと会社とトラブルを起こす社員」。
第4章以降は、家族の中の他罰主義、「前世が悪い」スピリチュアル・ブーム、科学の世界も「他罰のススメ」と、さまざまなシーンで「他罰」が横行している様を描いている。