「北方領土が返還されない」のは、なぜなのか 8月15日を終戦日と思い込む日本人

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私自身2度にわたるこの地での取材で、北方領土出身のソ連(ロシア)人国会議員たちと議論となったひとつにこのことがあった。当時の彼らの主張として、北方領土を無血占領した事を挙げ、日本人は自らの領土ではない事を知っていた証拠であるとしていた。そして島々は日本固有の領土ではなく、元々はアイヌ民族のものであり、ソ連が日本からアイヌ民族を解放したものである。したがって島を返還するのは日本ではなくアイヌ民族に対して行うべきであるという、日本人にとっては突拍子もない理屈を述べたのである。

とは言うものの、北方4島を無血占領できた理由についての解釈は、国際社会の見解のひとつとしてそれなりの説得力があったと言わざるをえない。

しかし、ソ連が占領した北方領土、日本が固有の領土と主張する国後、択捉、歯舞諸島、色丹の島々は戦後、度重なる交渉を重ねたが、現在も占領され続け、旧住民は故郷を奪われたままである。そして日本とソ連を引き継いだロシアの間には、未だに平和条約も結ばれていないのが現状である。

今が4島返還の交渉をする機会か

日本政府は一貫して4島の返還を要求し、ソ連からロシアに変わった現在でもロシアはそれを拒み続けるという構図が残っている。最近ではロシア政府高官が相次いで北方領土を訪問し、4島の国際共同開発計画を発表し、これに日本も加わるように要請するメッセージをアピールして、4島の実効支配を国際社会に印象づけようとしている。

さらにはプーチン大統領が、北方領土区域を含む土地をロシア国民に無償で渡す法案を、早急に国会で成立させるよう促す発言を全世界のメディアに流している。

これら一連の動きを見ていると、領土交渉はますます困難になっているとの予測が成り立つ。しかし、ウクライナ、クリミア問題で西側から経済制裁を受けているロシアにはサバイバルのための選択肢が狭くなってきており、日本との経済協力が必要不可欠である(この点については拙著『逆さ地図で読み解く世界情勢の本質』(SB新書)にも詳しく書いている)。

この視点に立てば、北方領土の価値をできるだけ吊り上げ、交渉のカードとしての付加価値をつけようとしているものと思われる。その証拠のひとつは、土地の無償供与法案は来年度に提出されるもので、まだかなりのタイムラグがある。このタイムラグをコントロールできるのはプーチン大統領であると宣伝しているともいえる。

これは大統領自らが、「私と交渉するには今がチャンスだ」との日本に対するアピールであり、交渉に応じるシグナルと見ても間違いではないだろう。したがって、時間はかかるが北方領土問題はプーチン大統領が存続する限り、進展していくことになるだろう。

 

松本 利秋 ジャーナリスト

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まつもと としあき

1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。

ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』(SB新書)など多数。


 

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