「キラキラ」より「そこそこ」起業が幸せになる本当 経営学者が問う「企業家になるのって幸せ?」

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この現場管理の能力を持つ大工さんのことを「棟梁」と呼びます。私の父親も現場では、皆から「棟梁!」と呼ばれていました。

棟梁たり得る才覚のある大工は、会社を立ち上げて従業員を雇い、たくさん仕事が受けられる状態を作るものです。私の父親も職人仲間からは、「会社作れば?」とよく言われていました。

実際、腕も確かだったようで、ほとんど途切れることなく、仕事が舞い込んでいました。それこそ、会社を立ち上げて弟子を従業員として雇っていけば、もっと稼げたはずなのに、父親はその道を選びませんでした。

「会社にすると苦労が多いし、面白くないんじゃ」

私が中学生になった頃、父親はそう言いました。当時はその真意がわからなかったのですが、今となっては私に伝えたかったことがよくわかります。

「あえて会社を作らない」道を選んだ父

私の父親は、家を建てるという仕事が大好きでした。でも、大工としては建てて面白い家と、面白くない家がどうしても出てきます。

会社を作って従業員を抱えると、彼らを食わせるためには仕事を選ぶことはできなくなりますし、受注数が増えるほどに管理や営業の仕事が増えて、大工として現場に立てなくなる。だったら、会社なんか持たずに、マイペースに自分のやりたい仕事を選べる状況を維持する方がいい。

また父親は、釣りが大好きでした。天気が良い日曜日は自主的に仕事を休みにして、私を連れて釣りに行っていました。

会社として従業員を抱えると、彼らの給与を維持するために馬車馬のように働かねばなりません。それで子供と大好きな釣りができなくなるくらいなら、会社なんか作らない方が良いと考えていたのでしょう。

職人として仕事を選べる腕があったからこそ、仕事も私生活もともに楽しむために、「あえて会社を作らない」道を選んでいたのです。

癌を患いながらも現場で倒れて救急搬送されるまで自分が「面白い」、「建てたい」と思える家を選んで建て続け、私の大学卒業を見届けた数日後に、「桜が咲いて暖かくなったら故郷の川に釣りに行こう」と話しながら、父親は息を引き取りました。

経営者としては失格かもしれませんし、その考えに付き合わされた母親は、いらぬ苦労もたくさんしたと思います。とはいえ今となっては、一人の男として見事な一生だったと思います。

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