31歳、4回転職した彼が「秋田でマタギ」になった訳 挫折の末にマタギという生き方にたどり着くまで

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「僕の主観的な感覚ですが、マタギは1つの群れなんですよね。だからシカリという群れの長に従うことは、組織の上下関係とも職人の師弟関係とも違う、生きるための本能的なもののような気がします。僕はもともとプライドがめちゃくちゃ高くて、実は人に命令されたくない人間なんです。ちっぽけなプライドなんですけど(笑)。でも猟場のシカリの指示や命令は本当にすーっと頭に入ってくるんです。だって、従わないと死んでしまいますから」

マタギには巻き狩りという伝統的な猟法がある。集団で猟場を囲み、「勢子(せこ)」が射手の「ブッパ」が待ち構える持ち場にクマを追い上げていく猟法である。巻き狩りの場で勢子やブッパを指揮するのは、群れのリーダーであるシカリだ。

しかし、物事は基本的にベテランクラスとの合議制で決めるという。猟場の地形を見て、人と場所の配置を話し合い、「んだな、それで行ぐべ」とシカリが皆に告げる。

「組織の社内政治よりよっぽど優れている」と岡本さんは言う。授かったクマの肉はマタギ勘定といって全員に平等に分配する。射手や勢子という役割に上下はなく、シカリが皆に「ごくろうであった」と分け与えるものでもない。

ついに…クマを授かった

昨年、岡本さんは松橋さんから教えてもらった猟場に1人で向かった。早く一人前のマタギとして認められたかった。

地形図を広げて、「必ずクマがいる場所はどこですか?」と聞く岡本さんに、松橋さんが示したのは、かつてマタギの最盛期に主要だった場所。険しい山の奥深くに潜む猟場だ。

尾根の風上に立つと、風下からゆっくりと山の斜面を登ってくるクマが視界に入った。銃を構えて距離を計る。怖さは一切ない。

60m、50m、40m。射程距離に入ったと同時に引き金を引いた。弾は臀部に当たり、クマが尾根を駆け下りて逃げていく。岡本さんは考えるより速く全速力で追いかけて、じりじりと距離を詰め、2発目を撃った。そして倒れ込んだクマにとどめの一発を撃ち、授かった。

「ショウブ! ショウブ!」

マタギがクマを仕留めたときに仲間に知らせるかけ声を、山に向かって腹の底から叫んでいた。

山から戻り、松橋さんにクマを授かったことを報告すると、「よぐやった」と言ってもらえた。恐る恐る質問する。

「俺、マタギって名乗れますか?」

「1人でクマを獲る奴はそんなにいるわげねがら、1人でクマ獲ったがら、岡本はマタギだ」

1年前の松橋さんとの会話を思い出すと、岡本さんは誇らしい気持ちになる。まだまだ、これからだ。今年の冬は伊藤さんの穴熊猟について行くつもりだ。

マタギ
授かったクマと(写真:岡本健太郎さん提供)
岡本さんがマタギ修行する大阿仁地区では、「マタギ文化や狩猟技術を一緒に継承する仲間を募集している」という(公式HP「阿仁マタギの伝統を継ぐ」)。
【写真を見る】ようやく会えた…「伝説のマタギ」91歳の“現在の姿”と、クマを授かった岡本健太郎さん(6枚)
桜井 美貴子 ライター・編集者

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さくらい みきこ / Mikiko Sakurai

1965年生まれ。秋田県出身。出版社勤務の後、フリーランスの編集・ライターとして独立。医療、カネ、性などさまざまなテーマで取材、執筆を続けている。生活実用をはじめとした書籍の企画編集、人物インタビューなど、硬軟の現場を渡り歩く。

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