現代人がこれほどボードゲームに熱中する深い訳 ゲームマーケット開催直前、改めて魅力に迫る

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本来の「遊び」を体感できるのがボードゲーム

小野 「目標にむけて努力する」といった枠組みから、人生を一度外してみるということですね。もちろん生きる上で目標をめざすことは大切ですが、しかしそれだけが人生のすべてではない。

もし「私の生きがいはお金です」「いや、私は名誉です」と発言する人がいたら、どこか不自然に感じますよね。生きがいと言ったとき、それは特定の獲得目標のような形では表せない、人生のもうひとつの価値を示している。別に何かを求めているわけではない、その意味では「ただ生きているだけ」に過ぎないのだけど、そこにこそ価値があるというニュアンスが「生きがい」にはあるわけです。

実は「遊戯」という言葉は、仏教用語としては「ゆげ」と読みます。「ゆげ」とは、菩薩は色んな人を助けてあげるけど、その人助けは「けっこう遊びでやっているんですよ」とする思想を指すもの。あくまでも自然体で、当たり前のことのように軽く営む善行が「ゆげ(遊戯)」。人類の救済といった崇高な「目的」を設定し、無理や我慢をしてでも貢献せよと唱える発想とは逆なんです。

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與那覇 言われてみるとボードゲームに限らず、上達するという「目的」を置いてプレイすると、かえって到達できる上限は低くなりがちですよね。サッカー選手やバイオリニストが典型ですが、本当に上達する人は「うまくなるぞ!」と思って訓練するというより、本人が楽しいから練習自体が日常生活における「自然」になって、結果としてトッププレイヤーに育つような。

小野 ええ。ボードゲームだけでなくスポーツを「する」のも、あるいは楽器を「演奏する」のも、英語で言えばplayでしょう? これはドイツ語のspiel(シュピール)も同じですが、とにかく具体的な行為としては指すものが広い。しかし「必要に迫られてやっているのではない」という点では、それらの多様な行為がみな共通している。これが「遊び」(play/spiel)の感覚なんです。

小野 卓也 ボードゲームジャーナリスト

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おの たくや / Takuya Ono

1973年生まれ。96年からボードゲーム情報サイトを運営し、最新情報を発信する傍ら記事執筆やルール翻訳も手掛ける。訳書に『ゲームメカニクス大全』等。東京大学大学院博士課程満期退学。文学博士。寺院住職。

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與那覇 潤 評論家

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よなは じゅん / Jun Yonaha

1979年、神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学者時代の専門は日本近現代史。地方公立大学准教授として教鞭をとった後、双極性障害にともなう重度のうつにより退職。2018年に自身の病気と離職の体験をつづった『知性は死なない』が話題となる。著書に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』『歴史なき時代に』『平成史』ほか多数。2020年、『心を病んだらいけないの?』(斎藤環氏との共著)で第19回小林秀雄賞受賞。

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