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「日本で4番目」の電気鉄道、実は小田原にあった 東海道線や小田急より先、自前で発電所も建設

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  • 森川 天喜 旅行・鉄道作家、ジャーナリスト
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さて、駅前を出発した軌道線はバス通りを道なりに進み、最初の緑町停留場に停車した。現在、付近には同名のバス停が設置されている。緑町といえば、伊豆箱根鉄道大雄山線にも緑町駅があるが、直線距離で500ⅿほど離れている。

調べてみると、1889年に十字町・幸町・緑町・万年町・新玉町の旧・小田原駅5町(ここでいう「駅」は鉄道駅ではなく、従来の小田原宿などの「宿」を再構成して設置された行政区画)が合同して小田原町が誕生。その後、1966年に市内の町名変更が行われるまで、どちらも所在地は緑町だったという経緯があった。現在の地名では、いずれも栄町となっている。

現役時代の面影は残っている?

この先にある郵便局と書店は、軌道線が走っていた当時から場所が変わっていない。さらにその少し先では、2021年7月までで閉館となった市民会館の解体工事が進められている。この辺りは小田原城の大手口に当たり、近くには今も大手門の石垣と、朝夕に時報を打つ「時の鐘」(現在の鐘は昭和28年製)が残されている。

『かながわ鉄道廃線紀行』(神奈川新聞社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

市民会館前で、国府津方面から来る国道1号線と合流するが、1920年12月に国府津―小田原間が廃止される以前は、国府津駅前から酒匂川を越え、この国道上を路面電車が走ってきていた。

市民会館の少し先に幸町バス停がある。ここには、かつて小田原電鉄の本社と車庫があった。また、単線だったため交換(すれ違い)場所も設けられていた。ちなみに、小田原駅前―箱根板橋間において、交換場所は幸町のほか、早川口にもあった。

本社前を過ぎ、本町交差点で直角に右折すると、箱根連山が正面の視界に入る。この付近は停留場の間隔がきわめて短く、わずか300ⅿほどの間に「小伊勢屋前」「御幸(みゆき)浜」「幸三丁目」「箱根口」と、4つもの停留場が設けられていた。

「幸町」ですれ違う電車(写真:小田原市立中央図書館所蔵)

箱根口の道路右手には、まるで城のような建物が見える。神奈川県下で最古の商家とされ、製薬・製菓業を営む「ういろう」本店の八棟(やつむね)造りである。店内には路面電車のジオラマが展示されているので、ぜひ立ち寄ってみてほしい。

【写真を見る】「日本で4番目」の電気鉄道、実は小田原にあった 東海道線や小田急より先、自前で発電所も建設(7枚)
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