「91歳父を86歳母が介護」カメラに残る最期の日々 「あなたのおみとり」に映る老老介護の日常
村上監督にとって意外だったのは、試写を観た訪問介護や訪問医療に関わる専門職の人たちから「教材になる」「学生に見せたい」と声をかけられたことだった。
「どこがよかったのか訊ねたら、ふだん自分たちがやっている仕事のそのままが映っていると言ってもらえたんですね」
「映画にも出てきますが、父が息をひきとったあと、火葬場でも撮りました。ご親族だけで骨を拾うところに限って撮ってもいいと言ってもらえたので」
とくに説明をしなかったので、ヘンなユーチューバーだと思われていたかもしれないと笑う。
91歳で亡くなった父は無宗教者だったため、僧侶も線香もなし。「納棺師さんに化粧をしてもらいました」。
その間、唇に紅をさし、頬の髭を剃るところにもカメラを向けた。家族だからこそ撮れたカットだ。ここぞとばかり「接写」した。そして自宅から棺を斎場に送り出した。
父の遺灰を海に撒きにいく
最後は父の遺言通り、海に遺灰を撒きにいった。集まった親族は10人未満。
「葬儀社さんに頼んで、松島湾の島めぐりをする遊覧船をチャーターしたんですが、乗り場は観光地にあるので、喪服では来ないでくださいと念押しされたんです。散骨が終わると、サービスで島めぐりをしてくれるんですよね。小1時間くらい。きょうは何しに来たんだろうかというくらい、晴れやかな気持ちで終えることができました」
そんな映画のエンディングに流れるのは懐かしい、エノケン(榎本健一)が歌う「私の青空」。陽気なジャズのスタンダード・ナンバーだ。
「父を撮っているときから、最後はこれだなと。原曲は『My Blue Heaven』。父が生まれた昭和初期の歌で、家に帰ってくる嬉しさを歌っている。父も最後は家(うち)に帰りたいと言っていたし。古いジャズは死者を送る音楽でもある。とくに父がこの曲を好きだったわけではないんですけど、からっと終わりたかったので」
映画の完成後も「悲しい」と思ったことはないという。
「撮っている間も、編集しているときもむしろ楽しかった。25年くらいドキュメンタリーを作ってきたんですけど、こんなに楽しかったことはない。というのも、ドキュメンタリーは他人様のプライバシーを撮らせてもらうので、どんなに親しくはなっても遠慮がある。でも、今回は父だし。父から、やめろとか一言もいわれなかった」
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