ビジネスマンとしてはやり手でも、サバイバル能力があるわけではない太郎にとっては過酷な旅だ。食料は底を尽き、野生の動物を捕らえることもできない。どこかに人がいればと願えども、出会うのは白骨化した死体だけで、疲労と空腹は募るばかり。ついには容赦なく降りしきる雪の中で行き倒れてしまう。
もはや一巻の終わり……と思いきや、ここで初めて太郎以外の人間が登場する。毛皮を着込み馬に乗った二人組に拾われ、彼らの住処に運ばれる太郎。そこで仮死状態から目を覚ました太郎は、人に会えた喜びに打ち震える。さらに、久しぶりの食事にありついて涙を流しながらほおばる歓喜の表情は、“食べること=生きること”という生物本来の姿を強く印象づけずにおかない。
かくして、パルとミトと名乗る二人とともに石器時代のような狩猟採集生活を送ることになる太郎。そこで問われるのは金や地位ではなく、太郎に欠けていた「生きる力」だ。ところが、物語は思わぬ方向に転がりだす。猛獣との戦いののち、パルの出身地である「西の村」を訪れたところから、隣村との争い、より大きな村による侵略など、集団同士の紛争に太郎は巻き込まれていく。
原初的経済社会の中でのサバイバルこそが主題
文明が一度リセットされた世界で、生き残った人々が再び社会を作り、政治や経済や戦争が生まれる。貨幣経済が誕生し税金の徴収や選挙も行われるようになる。それは、太郎にとって得意分野だ。この世界で太郎は、いかにして生き延びるのか。大自然の中でのサバイバルではなく、原初的経済社会の中でのサバイバルこそが本作の主題なのだった。
政治や経済のシステムがいかに生まれ発達していくかをリアルタイムで見ているような迫真の描写に圧倒される。ゴルフクラブやタイヤなど、かつての文明の遺物を別の形で利用しているのも、なるほどと思う。ポトラッチ(北米先住民に見られる儀式的贈答競争)やイニシエーションといった文化人類学的テーマも盛り込まれた大人のための教養エンタメ大作。物語はまだ途中だが、最後にたどり着くであろう日本がどうなっているかも見逃せない。
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