延べ880万人、日本一のお写経道場に託された思い 薬師寺は般若心経のお写経を広める役割を果たしてきた

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ただなぞるだけ。だが、

「お写経は下から写る文字をなぞるため、自分の字は書きません。自分の字を書こうとすると、『上手に書いて褒められたい』という欲望が立ってしまう。そうならないために、ただなぞるだけでいいんです。これもまた、自分との対話になるのです」

誰でも咀嚼できるように布教してきたからこそ、今日の「日本一のお写経のお寺」と呼ばれる薬師寺はある。また、物理的なハードルを下げるために、約270文字の漢字のみで記された般若心経を、平易な言葉で紐解いた簡易版も用意する。

般若心経の教えを平易に紐解いたお写経も。わかりやすい(筆者撮影)

「高田好胤和上は目線の良いお方でした。子どもやお年寄り、時間のない方にもわかるように、法を説かれていました。さらに本当の心の修行は、 家庭生活の中の普段の時間にあると、私の師匠は考えておられました。そのため、家に持ち帰ってお経を書きましょうと広めていました。880万巻のお写経のうちの7割近くは家庭で書写されたお経なんです」

自分が書いたお写経がいつまでも残る

他の寺院で書いたお写経は、その大半がお焚き上げによってなくなってしまう。しかし、薬師寺は年に一度、1年間に行われたお写経を境内の納経蔵に納める「納経式」を行い、永代供養される。薬師寺があり続ける限り、自分が書いたお写経も何十年、何百年とあり続ける。1000年残るように――。薬師寺の願いは、奈良時代から変わっていない。

「寺院の存在が、お墓や法事だけであってはならないと思っています。お墓や仏壇も大切でしょう。しかし、薬師寺は自分で書いたお写経が、仏様と一緒に拝まれる対象になる。ここにも多くの方が、薬師寺のお写経をする理由があると思います」

すべての文字をなぞり終えると、最後に自分の名前と住所を書き、願い事をしたためる。和紙をお香にくぐらせて納めれば完了だ。

「願い事は何でもいいんです。人間は本当に辛い、苦しいことは人には喋らない。しかし、文字にして書くことで消化できることもある。お写経に吐き出すことで、自分を柔らかくしていただきたい」

自分が死んでも、自らが書いたお写経は生き続ける。薬師寺のお写経を、人々が求めるのには理由がある。

我妻 弘崇 フリーライター

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あづま ひろたか / Hirotaka Aduma

1980年北海道帯広市生まれ。東京都目黒区で育つ。日本大学文理学部国文学科在学中に、東京NSC5期生として芸人活動を開始する。2年間の芸人活動ののち大学を中退し、いくつかの編集プロダクションを経てフリーライターとなる。現在は、雑誌・WEB媒体等で幅広い執筆活動を展開している。著書に『お金のミライは僕たちが決める』『週末バックパッカー ビジネス力を鍛える弾丸海外旅行のすすめ』(ともに星海社)など。

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