経済成長は財政健全化にどれだけ貢献したか 経済財政白書でわかる成長と財政再建の関係

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確かに、1992年度以降赤字となった基礎的財政収支要因は、ずっと政府債務残高対GDP比を上昇させるのに寄与し続けてきた。基礎的財政収支赤字が減れば、この図の基礎的財政収支要因の棒グラフが小さくなり、折れ線グラフで表されるように、政府債務残高対GDP比があまり上がらなくなる(対前年差で増えない)。だから、『経済財政白書』が要約した「債務状況の悪化は基礎的財政収支赤字の拡大が主因」は正鵠を射ている。

しかし、要約にはその後に「名目経済成長低迷も影響」としているが、果たしてそこまで言えるだろうか。この図からは、そこまで言うのは針小棒大だろう。ここでいう「名目経済成長」要因とは、『経済財政白書』での定義によると、実質GDP成長率要因とGDPデフレーター要因を合計したものである。

この図を見ると、2000年代以降、リーマンショックの影響など一部を除けば、大半の年度で、実質GDP成長率要因は低下要因、GDPデフレーター要因が上昇要因となっており、それらを合計した名目経済成長要因で見ると、両者は相殺されて、低下要因になるにせよ上昇要因になるにせよ、かなり小さな値にしかならない。だから、「名目経済成長低迷も影響」とするのは言い過ぎだろう。

現に、昨年公表された『平成26年度経済財政白書』にある同様の分析が、それを物語っている。『平成26年度経済財政白書』の図1-3-2では、政府債務残高対GDP比の変動要因について、先と同じ4つの要因の寄与の度合いを、2008年度から2012年度まで累積として算出していて、日米英独の国際比較も行っている。この分析によると、各変動要因を累積して算出すると、日本においては最大の要因はやはり基礎的財政収支要因、次いで利払費要因である。実質GDP成長率要因とGDPデフレーター要因を合計した名目経済成長要因は、両要因が相殺されるので小さい。米英でも同様の傾向がある。

ちなみに、先に紹介した『経済財政白書』の記述で、「GDPデフレーター要因については、2014年度は、(中略)債務残高対GDP比の押下げ要因となる」というのは、消費税率の引上げが、物価に直接的に与えた影響で、債務残高対GDP比の押下げ要因となったことを意味する。消費税率が引き上げられた分物価水準が上昇したので、それだけ名目GDPを押し上げて、それが政府債務残高対GDP比の分母が増えて、この比率を下げた、という意味である。

改善の基本は歳出削減と歳入確保

東洋経済オンラインの本連載の拙稿「安倍政権、このままでは『ねずみ講財政』だ」でも示したとおり、やはり政府債務残高対GDP比をこれ以上上げないようにするには、基礎的財政収支そのものの改善、つまり歳出削減と歳入確保に努めなければならないことが、今年度の『経済財政白書』からも確認できた。

ただ、経済成長をないがしろにしてよいというわけではない。経済成長の促進も重要だが、そのために必要な手段を間違ってはいけない。デフレ脱却のためには需要不足を解消しなければならないという見方にとらわれると、財政出動をしてでも需要拡大を図ればGDPが増えるという「ワナ」にはまる。

財政出動すれば当然、財政収支は悪化する。財政出動しても、GDPを有効に増やせる保証はない。そうなれば、財政出動すれば、政府債務残高対GDP比が下げられると思いきや、基礎的財政収支も悪化するし、GDPも思うように増えないし、結局政府債務残高対GDP比が悪化する羽目に陥る。

それよりも、今のデフレ脱却には、実質賃金の上昇が資する。しかし、失業率が低下しているのに実質賃金が伸び悩む理由には、労働生産性が向上しないことがある。

財政出動したとしても労働生産性が上がるわけではない。今までしてきた仕事をより短時間で仕上げられるようにするとか、無駄な作業を省く工夫をするとか、身近なところに労働生産性を上げる方策はある。政府ばかりに頼るのではなく、民間でできることから始めれば、労働生産性の向上・実質賃金の上昇、ひいてはデフレ脱却につながる。これこそ、『経済財政白書』でも訴える「経済再生と財政健全化の二兎を得る」近道である。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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