日に日に衰弱する柏木が親友に語った「心残り」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・柏木⑥

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「何をそんなに気にしているのだ。父は、そんな様子はちっともなく、こんなに病が重くなったことを聞いて驚いて、これ以上ないほど心を痛め、残念に思っているのに。そんなに思い悩んでいたのなら、どうして今まで黙っていたのだ。父とあなたのあいだに立って、ことをはっきりさせられたのに、今となってはもうどうしようもない」と、大将は昔の督の君を取り戻したいと悲しく思う。

「柏木」の登場人物系図(△は故人)

たえがたく気分が悪くなり

「たしかに、ほんの少しでも具合のいい時に、相談して意見を聞けばよかった。けれどこんなふうに今日明日ではなかろうと、自分のことながら先のわからない命をのんきに考えていたのも浅はかだった。どうか今話したことは、あなたの胸ひとつにおさめて漏らしてくれるな。何かのついでがあれば気に掛けてもらいたいと思って話したのだ。一条の邸にいる宮(落葉の宮)を何かにつけて訪ねてあげてほしい。私がいなくなればおいたわしい身の上となって、父である朱雀院のお耳にも入るだろうから、よろしく取りはからってくれ」などと話す。言いたいことはもっとたくさんあるに違いないが、たえがたく気分が悪くなり、「もう帰ってください」と手ぶりで促す。加持祈禱の僧たちが近くに集まり、母北の方や父大臣たちもあらわれて、女房たちも騒ぎ出すので、大将は泣く泣く立ち去る。

次の話を読む:10月13日14時配信予定

*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです

角田 光代 小説家

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かくた みつよ / Kakuta Mitsuyo

1967年生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著書に『対岸の彼女』(直木賞)、『八日目の蝉』(中央公論文芸賞)など。『源氏物語』の現代語訳で読売文学賞受賞。

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