同時多発テロから米国が学ぶべきこと--ジョセフ・S・ナイ ハーバード大学教授

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 第二に注意の不均衡があった。大規模な主体は多くの関心と目的を持っているため、小規模な主体に対する注意がしばしば希薄になる。米国の諜報システムにはアルカイダに関する情報が大量にあったが、米国は諸機関が集めた情報を首尾一貫して処理することができなかった。

しかし、情報と注意に不均衡があっても、暴力を振るう者たちに、いつまでも有利に働くわけではない。確かに完全な安全といったものはなく、歴史的に見ると、テロのうねりが後退するには、しばしば1世代を要してきた。ただ、そうだとしても、アルカイダ首脳の殺害、米諜報活動の強化、国境管理の強化、連邦捜査局(FBI)と中央情報局(CIA)の協力拡大といったことすべてが、米国(および同盟諸国)をより安全にしたのは明らかだ。

勝利のカギを握るナラティブの力

情報時代におけるナラティブ(物語)とソフトパワーの役割について、同時テロから学べる大きな教訓がある。従来、アナリストたちは、より優秀、もしくは、大規模な軍隊を持つ側が勝利を手にするとしてきた。だが、情報時代においては、戦いの結果は、誰がよりよいナラティブを持っているかにも左右される。競合する複数のナラティブが問題なのであり、テロはナラティブと政治ドラマをめぐって行われる。

小規模な主体は軍事力で大規模な主体に太刀打ちできないが、標的とする相手のソフトパワーに影響を及ぼすナラティブを構築することは可能だ。オサマ・ビンラディンはナラティブに非常に長けていた。彼は自らが望んだほど多くのダメージを米国に与えることはできなかったが、10年にわたって世界の課題を巧みに支配した。

ブッシュ前大統領は「テロに対する世界的な戦争」を宣言することで戦術上の誤りを犯した。米国に宣戦布告したアルカイダに対する回答として対応したほうがよかったのだ。
「テロに対する世界的な戦争」は誤って解釈され、米国のイメージを傷つけたイラク戦争を含む広範な行為を正当化してしまった。

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