もちろん鏡の中の世界の光太にも祐子がブサイクだったという前提は削除されている。つまり、光太にとって目の前にいる祐子は、普通に自分の店にやってきた美人な客である。
しかし、鏡の中の世界の光太もこのナルシスの鏡のカラクリを知っていた。そんなわけで、“この美人なお客様は、鏡の向こうからこちらにやってきたのでは!?”と疑う瞬間があった。
だからこそ、この手の美人な客が来た時は、
“このお客さんから、66日以内に予約が入るのだろうか?”
と、そう思いながら接客をするのであった。
「本当にありがとうございます。この髪型とても気に入りました」
笑顔でそう言いながら帰り支度をする美女に光太は声をかける。
「次のご来店の予定って考えておられますか!? ウチのお店、極端にリピートのお客様が少なくて。新規っていうか一見のお客様ばっかりなんですよね。良ければまた担当させて下さい」
そう話す光太に本当にブサイクだった自分の記憶が削除されていることを確認した祐子はニコリと笑った。
「はい。是非またよろしくお願いします」
そう言い残し、そそくさと祐子はお店を出た。
視線が明らかに今までと質が違う
美容室・ナルシスの鏡から浅草駅まで真っ直ぐ帰るのがもったいないと思った祐子は、わざわざ人通りの多い観光スポットである浅草寺の敷地の中の道を通って帰ることにした。
祐子は通る人、通る人からの視線が明らかに今までと質が違うことを実感していた。今自分に向けられている視線は、野生動物が獲物を狙うような感覚を抱かせる視線。
それをオブラートに包むのが上手い男もいれば、オブラートに全く包めない男もいる。しかし共通しているのはこの容姿に多くの男の本能が強く刺激されているということである。
こういった男の本能を含んだ視線のビームを浴びてきた分だけ女は自分の存在価値に対する評価を無意識に引き上げているのかもしれない。
祐子はほんの数分、人通りの多い道を歩いただけでそう感じた。
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